パリにスクワットと呼ばれる場所がある。SQUAT=不法に居住すること。パリにある廃墟ビルにアーティストたちが文字通り不法に居座り、無断で電気や水道を引き、そこに暮らしながら芸術活動をしている。なぜ、彼らは危険を冒してまでそんなことをするのだろうか。今年3月、その何ヶ所かを訪ね、彼らの話を聞いてみた。
私が訪ねたのはパリ20区にあるスクワット。
友人に案内され、団地のような集合住宅に入っていくと、そこはいかにも廃墟と呼ぶにふさわしく、埃と悪臭に満たされていた。外壁や階段に面する壁はグラフィティ(Graffiti)が描かれ、彼らの展示会を告知するポスターや案内板も見受けられた。部屋の中に人影はあるものの、ドアはロックされ中に入ることはできなかった。後で聞くと、最近、彼らを排除すべく、政府や警察が乗り出した場所らしい。おそらく、外部の人間の侵入に敏感になっていたのだろう。
しかたなく、同じ20区にあるもう1つのスクワットを訪ねる事に。ここも、数日前、来たときは門が閉まっており中に入ることはできなかった。しかし、友人が他に小さな入り口を見つけ侵入成功。門の中にはやはり3階建ての集合住宅があり、何人かのアーティストが中庭でモザイクや彫刻などの制作に励んでいた。それを横目にさらに奥に進むと、1人の女性が攻撃的に何か言ってきた(私がフランス語を理解しないためそう聞こえたのかもしれない)。友人が、私がアメリカでパブリックアートを学んでいること、彼自身もアーティスト(ダンサー)であることなどを説明すると敵ではないとわかってもらえたようだった。
そのスクワットには常に15人から20人のアーティストが暮らし、もしくは活動しており、最初に彼らがそこにスクワットしてから3年が経つという。アートの種類も壁画、グラフィック、ミックスメディアなどのビジュアルアートから、ダンスなどのパフォーマンスなど多岐にわたっている。真ん中あたりにある大きな部屋に決してきれいとはいえないソファが何列にも並べられ、その前方に小さな舞台もあり、ここはシアターなのだと思った。その他の小さな部屋はアトリエの様であり、制作途中の作品が散乱していたり、完成品が壁に展示されていたりした。
そこで活動する1人のアーティストが私たちの質問に答えてくれた。彼はPOPAY(ポパイ)と名乗る、グラフィティなどを中心とするビジュアルアーティストだ。アメリカで、コミュニティの中に自らを置き、地域の人々を巻き込みアート制作したり、社会問題をアートに取り入れたりといわば社会活動家的なアーティストをたくさん見てきた私は、彼らが近隣住民のすぐそばにスクワットするには何か理由があるに違いないと考えた。しかし、POPAYはスクワットの理由はまずパリでアトリエを持つにはたくさんのお金が必要であること、そして何より、そこが自由な発想のもとにアーティストとして活動できる唯一の場所であることだと答えた。パトロンの嗜好に合わせることもなく、オーディエンスの目を気にすることもない。そこでは純粋に彼らのアートだけを追及できるのだ。むしろ、彼らは外の世界から遮断された平穏な空間を望んでいるかのようだった。門のロックを外すのも外部の人が入ってくるのも稀だという。
最後にPOPAYは“警察の弾圧も近いかもしれないが、できる限りここに居座る”と彼自身が描いたグラフィティの前でカメラに向かって笑ってくれた (POPAY=右)。アメリカに帰国後、そんな彼からスクワットを一日ではあるがパブリックに開放し、作品を公開するとのEメールが届いた。彼らが、コミュニティとの関係を築き、その中から彼らのサポーターとなってくれる人たちが現れるのはこれからなのかもしれない。
(Junko Sudo Public Art Studies Program University Of Southern California)