2019年2月21日に国立映画アーカイブ相模原分館を訪問する第2回目のツアーを開催しました。上映ホールや展示室がある京橋の本館に対して、映画フィルムを保存することに特化した相模原分館は普段は一般公開していない専門施設です。今回は特別にツアー企画にご協力いただき、研究員の三浦和己さんと西川亜希さんのご案内で分館での活動を見学する貴重な機会となりました。
1952年に国立近代美術館のフィルムライブラリー事業として始まり、1970年に東京国立近代美術館フィルムセンターが京橋に開館しました。そして、2018年4月に国立美術館の6館目の機関として組織も新たに「国立映画アーカイブ」が設立されました。国立施設として初めて「アーカイブ」と冠した専門機関として国内の映画の保存・研究等を牽引する活動を続けています。
相模原分館は、1986年に「映画保存棟Ⅰ」、2011年に「映画保存棟Ⅱ」、2014年に「映画保存棟Ⅲ」が完成、現在は合計3棟の建物があります。24時間管理で適切な温湿度環境を保ち、映画フィルムや映画関連資料が大切に保存されています。
最も新しい保存棟Ⅲは、主に重要文化財指定フィルムの収蔵庫としてナイトレートフィルム[1] を保存できる国内でも有数の設備を備えています。三浦さんからこのフィルムを保存する難しさと大切さを教えていただきました。
「有名な映画『ニュー・シネマ・パラダイス』でもフィルムが発火するシーンが印象的でしたね。ナイトレートフィルムは劣化状態や温度によって自然発火する恐れがあり、さらに発火すると爆発的に火が広がります。消防法でも危険物に指定されているので、周囲に防火壁を立てる必要があったり、保存重量に規制があったりするんです。そのため、重要文化財を含む貴重なフィルムを保管しているので、厳しい条件で管理しています。」
相模原分館には、建物そのものがフィルムを保存する館の使命を体現していることを感じられる、フィルムをモチーフにした意匠が随所に見られます。西川さんが建築のユニークな特徴を紹介してくれました。
「渡り廊下の採光窓が何の形か分かりますか? これは映画の画面アスペクト比の様々なサイズを表しているんです。保存棟Ⅱの入口には初めて国の重要文化財に指定された映画フィルム『紅葉狩[2]』から複製したポジフィルムを壁に展示しています。また、どのフロアか分かりやすくするために、3フロアの壁が光の三原色(RGB)に色分けされています。」
分館で受け入れたフィルムは、まず「映画フィルム検査室」で検査・データ採取・補修作業などが行われます。普及している35mmフィルムのほかに、映画の歴史の中で使用されてきたフィルム規格について検査室で作業されていた検査員の方々に解説いただきました。
「私が作業しているのは70mmフィルムです[3]。1巻60kgほどありますが、尺が40分程度と短く、劇映画より展示映像に用いられることが多いですね。サイズが大きい分、フィルムを高速で送るので折れにくく丈夫な素材が使用されていますし、フィルムに負担をかけない映写機も開発されて上映してもフィルムに傷がつきにくくなりました。高解像度の70mmフィルムは8Kのデジタル映像を超えるクオリティを持っているとも言われているので、映像を記録する一つの究極のメディアと言えますね!」
「ここではフランスのパテ社が開発した9.5mmフィルム『Pathé(パテ)ベビー[4]』を調査しています。パテベビーは1920年代に発売され、当時は安価で扱いやすかったため一般家庭にも広く普及し、生活の様子を記録した映像が多く残されました。例えば、御殿場で雲を観測し『雲の伯爵』として知られる阿部正直の記録映像などが特徴的です[5]。近年は簡易的にデジタル化する機材を導入したので、以前よりも早く本館の研究員がデータを検証できるようになり、効率的に調査や保存作業を進められるようになりました。」
フィルム収蔵庫は外気温の影響を受けにくい地下に設置され、建物全体が魔法瓶のような構造になっています。フィルムの保管には安定した温湿度を保つ空調管理が何よりも重要であるため、地下に降りると低温に保たれた収蔵庫内はかなり寒く感じました。上部の送気管からは、調湿された空気がシャワーのようにゆっくり収蔵庫内に広がり相対湿度35%程度の環境を保っています[6]。西川さんに収蔵庫からフィルムを持ち出す段取りを教えていただきました。
「低温低湿の収蔵庫からケースに収納したフィルムをそのまま外に持ち出すとケース内部で結露してしまいフィルムの劣化を早めてしまいます。そのために収蔵庫の前にある『ならし室』にしばらく置いて段階的に外気温に慣らしていきます。外気温によって変わりますが、2~3段階に分けて温度を徐々に上げていくので収蔵庫からフィルムを運び出すのに2日以上はかけています。」
データベースに登録されたフィルムは、専用のフィルムケースに入れ替えラベルを貼り平置きで保管されています[7]。可動式の専用収蔵棚にはケースを安定させるための溝が付いた構造で地震対策が取られていました。
映画アーカイブのフィルムケースはフタを密閉しない構造で収蔵庫内の空調と同じ環境を保ち、さらに中に調湿剤[8]を同封して保管しているものもあります。特に、アセテートという素材がベースのフィルムは、ケースのフタを固く密閉してしまうと内部でフィルム自体が酸性ガスを発して劣化を進行させる「ビネガーシンドローム」を誘発してしまうので、こうした対策が必要です。
収蔵庫Ⅱの地下2階にはネガフィルム、地下1階にはポジフィルムが主に保管されています。それぞれのフィルムについて三浦さんに解説いただきました。
「オリジナルネガフィルムはマスターフィルムであり1本しか存在しません。我々は『原版』と呼び最も貴重なフィルムとして保管しています。写真と同じように原版から色調調整して上映用ポジフィルムをプリントし、映写機で上映できるようになります。とても高解像度な原版は元素材として大切に保存しているので、将来の技術に合わせたデジタル映像をつくることもできます。」
映画アーカイブでは、貴重な映画フィルムを対象に毎年数本ずつ、上下の揺れや画面の汚れ・傷などを除去するデジタル復元を行っているそうです。映画はフィルムとデジタルデータのどちらで残すのが良いのでしょうか? 最後に、最新の課題であるデジタルデータの保存についてお二人にお聞きしました。
「デジタルデータを保存することの難しさは、現在では普及しているファイル形式やソフトが数年先に使えなくなるリスクがあり、常に新しい形式に更新(マイグレーション)し続けて管理する必要があります。
一方で、フィルムは保存の環境維持の難しさがあるものの手に取れるモノとして長く保管できます。時代に合わせて最適な再生方法やデジタル化の技術が用意されていく望みがあるからこそ、残す必要があります。」
デジタルデータとフィルムのそれぞれの利点を活かした保存の取り組みとして、劣化したフィルムをデジタル復元し再びフィルムに焼き直して長期保存している例や、デジタル化した初期アニメーションをオンラインで公開する試み『日本アニメーション映画クラシックス』を紹介いただきました。
100年以上の歴史を持つ日本映画が重要な芸術文化の一つであることは、相模原分館に収蔵されている8万本以上の映画フィルムが証明しています。しかし、長い映画史の中でフィルムが失われ、鑑賞できなくなってしまった映画がある背景も教えていただきました。
映像作品が存在感を強めている現代美術でも、国立映画アーカイブの取り組みを先例として学ぶべきことは多くあります。このようなツアーをきっかけとして、デジタル映像の保存など新しい課題を共に考える連携が広がることも期待したいと思います。
古い時代の映画からは当時の生活が豊かに伝わり画面から多くのことを読み解くことができます。世界でも最高レベルの設備を備えた保存棟の中でかつてスクリーンを明るく照らした映画フィルムと同じ空間に佇むことで、日本映画を未来に伝える相模原分館の活動を知ることができた充実したツアーとなりました。
(文:NPO法人アート&ソサイエティ研究センター 井出竜郎)
国立映画アーカイブ National Film Archive of Japan
〒104-0031 東京都中央区京橋 3-7-6
※空調工事等のため、2019年4月22日(月)まで休館
https://www.nfaj.go.jp
国立映画アーカイブ 相模原分館
〒252-0221 神奈川県相模原市中央区高根3-1-4
※一般には非公開
https://www.nfaj.go.jp/aboutnfaj/shisetsu/#section1-2
[1] ナイトレート・フィルム。映画フィルムが普及した初期に製造された。ニトロセルロースを主素材としていて、可燃性の性質を持つ。
[2] 1899年に撮影された「紅葉狩」は2009年に映画として初めて国の重要文化財に指定された。
https://www.nfaj.go.jp/research/jubun
[3] 検査員が作業していたのはオムニマックス(OmniMax)という半円球状のスクリーンに映写する規格の70mm。
[4] パテベビーについてはwikipediaの記事も参照。 ウィキペディア|パテベビー
[5] 阿部正直。国立映画アーカイブの企画「発掘された映画たち2018」で紹介。
https://www.nfaj.go.jp/exhibition/hakkutsu2018-2/#section1-1
[6] 温度2~10℃、相対湿度35~40%の環境で維持管理している。
[7] ネガフィルムは頻繁に持ち出さないので、収納時にストレスがかからないようフィルムを巻き取るコア(フィルムの芯)を抜いた状態で保管している。
[8] 映画アーカイブでは富士フイルムの「キープウェル」や(現在は販売終了)、コダックのモレキュラーシーブなどを使用してきた。