第3回アーキビスト・ネットワーキングカフェ(3月6日開催)は、40年近くにわたって現代美術の画廊を運営されてきた横田茂さんをお招きしました。横田茂ギャラリーは、ニューヨークのチェルシーを思わせる東京・竹芝の倉庫をリノベーションした空間で、高い天井、ハードなフロア、白い壁の緊張感の中に、アート作品が展示されています。また、事務所には、3000冊を超える美術書や展覧会カタログなどを所蔵するライブラリーがあり、さながら研究室のような雰囲気です。
ギャラリストとしての独自の視点でアート・アーカイブに取り組まれている横田さんに、どのような考え方、方法で作家の資料を収集・整理・保存しているかについて、お話いただきました。
横田茂ギャラリーでは、1976年に雅陶堂ギャラリーという形で開廊して以来、年間4~6回、これまでに、計188回の展覧会を開いてきました。これまで一緒に仕事をしてきた作家は、若林奮、村上友晴、岡崎和郎、河口龍夫、ジョセフ・コーネル、アブラハム・デイヴィッド・クリスチャンなど16人余りで、どの作家とも長い付き合いをしています。
一般に、画廊の仕事には「プライマリー」と「セカンダリー」があります。亡くなった作家の作品を手に入れて、それに利益を乗せて販売するセカンダリーに対し、プライマリーは、現存の作家と一緒に仕事を進めていきます。私は、基本的にプライマリーの仕事をしていますが、その仕事の多くは展覧会を行うことです。具体的には、内容(作品、タイトル、会期、カタログなど)の決定、案内状作成から、会場準備、展示作業、接客・販売、最後の資料整理まで、手順に従って洩れがないように進めていきますが、作家と画廊は、展覧会のときだけの関係ではありません。展覧会に至るまでのプロセスを含めて、トータルにその作家と関わっていくわけです。
私がなぜアーカイブに興味を持ったかというと、Aという作家の展覧会をやって、その一点をもってAの“代表作”ということがよくありますが、そこに疑問を感じたからです。作家Aは死ぬまでものを作り続けていて、その過程の中で展覧会がある。代表作というのは標本にすぎません。作家は、活動の総体で評価されるべきです。作品が成立するまでの過程を生きたかたちで残したい。それが、アーカイブにつながっています。
私たちのアーカイブには、展覧会のアーカイブ、作家のアーカイブ、そして、まだ手探りでまとめ方を検討しているところですが、画廊としてのアーカイブがあります。
1. 展覧会のアーカイブ
2. 作家のアーカイブ
3. 画廊としてのアーカイブ ……横田茂ギャラリー40年史を準備中
編集者が書き手とキャッチボールしながら本を作るように、キュレーターも作家とキャッチボールしながら展覧会をつくっていきます。キュレーションは編集的な仕事だと思います。
アートと社会の接点を提供するのがギャラリーというシステムで、見る人は、よそ行きに着飾った作品を特別な状況で見るわけですが、その作品の提示に至るまでの過程なしに、展覧会は成立しません。作家と長く一緒に仕事をする間に、私たちは見えないところに関わっています。その部分の情報も作品と一体になったものとして集め、残しておきたい。そのアーカイブが、後々、その作家に興味を持った人の手助けになるかもしれません。
「(作家との)長い付き合い」「作品と資料は一体のもの」「(一過性の展覧会だけでなく)それまでの過程が大事」「見えるもの、見えないもの」といったフレーズが、お話の中に何度も出てきました。横田さんにとって、アーカイブは事務的な資料やイベントのドキュメンテーションではなく、それ自体がギャラリストの価値観で編まれた「作品」であるという印象を強く受けたセッションでした。
(アート&ソサイエティ研究センター リサーチャー 秋葉美知子)