ART & SOCIETY RESERCH CENTER

P+ARCHIVE

2013.10.10

[ラボレポート] 第1回 Art Archives Kit Lab

今年度のP+ARCHIVEの事業では、全国で実施されているアート・プロジェクトの現場で共通して抱える課題を見据え、アーカイブのノウハウが広く周知されることを目的として、プロジェクトの現場レベルで実践可能な基礎知識と技法をまとめたアーカイブキットを作ることを目指しています。

キット作りのキックオフとして、7月26日に「第1回Art Archives Kit Lab(アート・アーカイブズ・キット・ラボ)」を開催しました。
この日は、アーカイブズ学(Archival Science)の研究者であり、アート・プロジェクトに関わる書籍の編集にも携わる齋藤歩さんをゲストとしてお招きして、「アートプロジェクトを“記録に残す”とはどういうことか?」というテーマでレクチャーしていただきました。

齋藤さんによるレクチャー

齋藤さんによるレクチャー

まず、齋藤さんはアート・プロジェクトとアーカイブを考える上での課題を見出していくために、「そもそもアート・プロジェクトとは何か?」という問いからトークを切り出しました。水戸芸術館の「3.11とアーティスト:進行形の記録」展のカタログ(※1)から同展を企画した竹久侑さんのテキストを引用し、アート・プロジェクトとは:

    「空間的ひろがり」(美術館という制度と空間から外に出て)
    「人的ひろがり」(市民の参加をベースとして)
    「時間的ひろがり」(プロセスを重視した)

という三つの「ひろがり」をもった芸術活動と暫定的としつつも定義し、その流動的な特徴がアート・プロジェクトのとらえにくさの根拠になっているのではないかと指摘されました。そのうえで、このような「ひろがりのある活動は記録可能なのか?」という視点からアート・プロジェクトの記録について考えていきました。

続けて、P+ARCHIVEが2011年度にまとめた「アート・アーカイブ・ガイドブックβ版(※2)」を読み解きながら、ここでTARLがまとめてきたアーカイブの理論とアーカイブのプロセスを確認していきました。ガイドブックでは、ヴァイタル・レコードの確認や、記録保存の方針を立てるということなど、アーカイブの基本的な理念がまとめられています。しかし、齋藤さんは、記録発生のフローを理解できていても、資料の整理を実行するには十分ではないことを指摘されました。今、P+ARCHIVEではアート・プロジェクトをアーカイブしていくための知識の蓄積はありますが、今度はその理論をどう実践するかを具体的に考え、実践に取り組んでいく段階になってきているのかもしれません。

アート・アーカイブ・ガイドブックβ版

アート・アーカイブ・ガイドブックβ版

齋藤さんは、いくつかの事例を紹介しながら、アート・プロジェクトを捉えるためのさまざまな見方も提案してくださいました。
アート・プロジェクトの資料群は、編集され、カタログや記録集という形で残されていくことも多く、齋藤さんの過去に取り組まれた編集の仕事などをご紹介いただきました。プロジェクトの成果として作成されるカタログ、記録集、報告書などは、そこからプロジェクトの特徴を読み取ることができる重要な資料と言えるかもしれません。

また、記録保存の実践において、特定の分野に共通して発生する資料群を作成機関の機能(function)や活動(activity)によって分類することの有効性を指摘されました。建築レコード(Architectural Records)を対象とした米国での実践例として、記録作成母体(建築家や設計事務所)の機能によって資料群を分類していく「スタンダード・シリーズ(Standard Series)」という概念を紹介していただきました。
プロジェクトで発生する標準的な資料群のパターンを見出すことによって、限られた時間と資源(人的、金銭的)で大量の資料群を整理するためのツールです。今後は、この考え方をキット作りの大きなヒントとして、アート・プロジェクトで発生する資料を作成母体の機能によって捉えていくことにも取り組みたいと思います。

齋藤さんの話を受けて、P+ARCHIVEが昨年度から継続しているプロジェクトである「種は船アーカイブ」について中間報告しました。昨年9月に舞鶴から資料を送ってもらってから、どのようなプロセスで目録化し、資料を整理し、体系化することを試みているかを紹介し、そこから見えてきた課題について話しました。またファイリング・ボックスに整理された状態の資料群を来場者に回覧し、実際に資料に手に取って見ていただき、現状について共有しました。

オープン・ディスカッションで意見を交換

オープン・ディスカッションで意見を交換

最後は来場者を交えてのオープンディスカッションに移り、様々な立場からのご意見を伺うことができました。個性を持ったアート・プロジェクトをどのように残していくべきなのか、どのような要因が記録を残すことを難しくしているのか、現場で抱える課題について話し合いました。資料を残す意志を持ちつつも、現場のマンパワー的になかなか行き届かない現実があり、また、アート・プロジェクトが自由な創作活動であるがゆえに、資料の残し方にルールを確立することも慎重に検討していかなければいけません。

しかし、組織体を持った活動である以上、記録が効率的に管理されてアーカイブとして残していくことが大切です。その組織力を高めるための資料を残して管理していく意識が、プロジェクトの現場に浸透していくことはキットでも目指したい内容です。また、そういった意識が周知されることで記録の整理に余裕が生まれて、今まで残すことが難しかった、もしくは取りこぼされてきたプロジェクトの側面も、記録として残していくことができるようになるかもしれません。

キックオフとして、齋藤歩さんから広い視野で提言を含んだレクチャーをしていただき、またディスカッションで様々な方々から貴重なご意見を伺うことで、おぼろげながらキットの形をイメージすることができた内容となりました。この日に話されたことを、次にどのように結びつけていくのかを、継続して考えていきたいと思います。

(P+ARCHIVE/井出竜郎)


(※1)
竹久侑「本展の企画についての記録と考察」(『「3.11とアーティスト:進行形の記録」記録集』(水戸芸術館、2012、145頁))

(※2)
P+ARCHIVE「アート・アーカイブ・ガイドブック β版」(特定非営利活動法人アート&ソサイエティ研究センター × 東京アートポイント計画、2011)