全国のアート・プロジェクト実施団体に対して、資料の保存状況や、アート・プロジェクトのアーカイブに対する考えを伺うインタビューシリーズ。
2009年度にNPOとして発足し、横浜の黄金町で活動を続ける黄金町エリアマネジメントセンターの事務局長の山野真悟さんと佐脇三乃里さんにお話を伺いました。2014年は横浜トリエンナーレとの「創造界隈拠点連携プログラム」の一環で「黄金町バザール2014」を夏に開催します。「アートによるまちづくり」を理念に掲げ活動を続けてこられて、これまでどのように活動の記録を整理して残してこられてきたのかを伺いました。
(P+ARCHIVE、以下斜体) 事務局の運営について伺います。今、スタッフは何名ほどいらっしゃいますか?
山野真悟氏(以下、山野) 全体では13名で、このオフィスに常駐しているのは9名です。みんな正職員で働いてます。私が事務局長、私の補佐として佐脇が居て、「アート担当」が2人と、「まちづくり担当」が1名います。それから、総務、経理、施設管理担当というように分かれています。
横浜トリエンナーレから市民協働事務局の委託を受けていて、そこに1人専従が居ます。
例えば総務の方などは、横浜市から派遣されているのでしょうか?やはり行政の方は、文書の整理法が違いますか?
山野 現在の事務局次長は横浜市役所出身ですね。確かに民間と行政によって違いがあるようですね。書類の保存年限とか結構細かく決めていたりしています。先日監査がありましたが、いつでも見せられる体勢で準備はしてあるので、そちらはあまり心配してないですね。
事務局の中で、役割分担は明確に分かれてますか?
山野 年度が変わるたびに、役割が少し変わる年もあります。実は、広報の担当スタッフが退職することになっていて、重要な役割なので今後どうするかを考えています。一つの考え方としては、外部に委託する方法もあるかと考えています。
委託すると、広報のリストなど委託先の所有になるので、自分たちに残らない場合があります。資料は、やはり人に付随してしまう傾向があるので。
山野 なるほど。それは考えてなかったですね。委託のほうが安く上がるかな、程度にしか考えていなかったですね。
広報の方とマスメディアの方の個人的な関係みたいなのもあるかと思います。
山野 そうですね。『オズマガジン』の編集の方が我々の活動をよく掲載してくれています。
メディアに出たときのクリッピングについてはいかがでしょうか?
山野 もちろんやってます。ただ、その残し方はファイルに入れる程度で、あまり細かくは決めていません。僕は、川俣正が資料を残す作業を見てきたのですが、彼の残し方って徹底していますね。例えば新聞でも、自分の記事だけじゃなくて丸ごと残すんです。「その日の新聞がどうだったかということを含めて、すべて残す」と言っていました。
そのやり方はいいと思ったのですが、雑誌に掲載されてるページだけじゃなくて丸ごと残していくと、ものすごい情報量になってしまうので、やはり切り抜いてクリッピングしていますね。「黄金町バザール」などのイベントのときは、一ヶ月に10媒体ぐらい掲載されますので、そのまま残していくと大変な量になってしまい、実はそのためのスペースの確保ができてないんですよ。
文書の倉庫がないということでしょうか?
山野 今のところは特にそういう場所はありませんが、必要性は感じています。特に古くなった資料は、見る機会がだんだんなくなってくるので。おそらく経理関係でも一緒だと思います。
経理文書は保存年限が定められているかと思いますが?
山野 経理文書の保存は7年間だそうです。理想としてはオフィスと同じぐらいの面積の資料室があると良いと思っています。
チラシや契約書など、紙の資料についてはどうでしょうか?
佐脇三乃里氏(以下、佐脇) 全てファイリングしています。デジタルではなく紙だけで保存していくと結構な量がありますね。黄金町エリアマネジメントセンターが管理している施設に長期的にレジデンスをするアーティストは、入居する際に契約書を交わしますが、その契約書類はデジタルではなく紙ものだけで進めています。
今、事務所内に置いてある資料はどのようなものがあるのでしょうか?
山野 黄金町の資料だけではなく、それ以外の、特にアジア関係の冊子が充実しています。資料として参照するものですね。
図書館的な感じですね。
山野 そうです。ライブラリー的な感じで。時々、黄金町を研究対象にしている学生さんたちが来ることも多いです。海外からの研究者の人が来たときにも使えるように、そういうスペースを作ったのですが、今はクローズしています。めったに使わないと、紙が湿気で駄目になってしまい、保管場所は難しいですね。
今までに何回か事務所を移動するタイミングで、資料の選別はしましたか?
山野 まだNPOとしての活動期間は5年なので、処分するところまでたどり着いてないですね。これが10年20年になってきたら、どうしようかという話になるとは思います。
山野 以前、福岡に住んでいたときに(※編注:山野氏は福岡で開催されたミュージアム・シティ・天神のディレクターであった)失敗したなと思っているのですが、東京とか関西から来た展覧会の案内のハガキはきれいに保存していて、福岡のものは全然残していなかったんです。自分たちの足元の歴史なのに、誰も保存してなかった。例えば、自分の身近な人がいつ、何をやったというような記録のほうが、実は重要だったんだということが後から分かってきました。
時間が経つとそういった情報は貴重性が増しますね。
山野 そうなんです。今頃になって一生懸命、探してたり。資料の管理者になるのは難しいことですね。我々のような一団体にしても、個人にしても。
大変難しいことだと思います。ですのでネットワーク組んで、資料のデジタル化をできるだけ進められたら良いと思います。
山野 インドネシアでアート・アーカイブセンターを訪問したことがあるのですが、部屋に紙資料が天井まで積み上げてありました。要は、東南アジアでは近現代美術のスタートがはっきりしてるんですね。何年から始まったということがほとんどどの国で分かっているので、そこからずっと資料整理を続けているようです。
それに加えて、やっぱりデジタル化で保存する作業も延々と続けていました。どこから資金が出るかのか聞いてみたら、「民間だ」と言っていました。アーカイブセンターに資料を預けて、誰でも閲覧が簡単にできるようになっているんです。
日本の場合、そのような公共性の高い施設を民間だけが支えるのは難しく思います。公的資金が確保されるとよいのですが。
山野 日本での資料の量は膨大だと思いますね。
山野 写真でいうと2008年の黄金町バザールは、写真家の安斎(重男)さんに撮ってもらったので、ポジで写真を残していました。ポジフィルムはとても我々では保存できないので、データで保存して、オリジナルは美術館に預かってもらっています。博多でのミュージアム・シティ・プロジェクトの写真も全部、美術館に預かってもらっています。
特にポジなどのフィルムはそれぞれの団体で管理するのは大変ですね。
山野 家にあったポジのデュープ(複製)を見たら、もう白くなってしまっているんです。普通の環境の中で保管するのは難しい。10年20年経つともうアウトですね。
記録する媒体の耐久性も考えなくてはいけませんね。たとえば、昔のビデオのベータとVHSも問題になっています。
山野 家にもあります。あれはどうしたら良いのでしょう。昔はみんなベータで展覧会の記録を撮っていたんですけどね。残っているものはDVDに焼き直したりしましたが、そのときにはすでに画質が相当ボロボロになってしまっていました。
アーティストは新しいメディウムができると、それにトライする人が多いので、技術は日進月歩で大変だと思います。
山野 そうですよね。そういうものに限って劣化が激しかったり。
記録の話に戻りますが、データ化した資料は事務所で保存していますか?
山野 例えばクリッピングした記事は、記事そのものも残しているし、スキャンしてデータ化しています。今はもう写真はすべてデジタルなので、最初からデジタルで管理していますね。
デジタルデータは、共有のハードディスクなどに保存しているのでしょうか?
佐脇 Time Capsule(タイムカプセル)を共有サーバーにして、全てデータを保存してバックアップをとり、みんなで共有できるようにしてます。
なるほど。それでは個人PCを持ち込んだりすることはありますか?
山野 個人のPCを持ち込んで仕事をすることはないですね。各担当に、それぞれ1人1台ずつ事務所のものを使っています。
共有サーバーに個々で作業したデータを保存していくというときのルール、事務局の内規などはありますか?
佐脇 フォルダー分けをして分類していますね。個人で担当してる事業に関しては、個人の判断で分類しています。例えば、まちづくりの事業があって、その中の情報が細かく分類されていきますが、それは担当者でフォルダーに分けて分類していくというルールになっています。
実はつい最近まで、ドロップボックスを使っていたのですが止めたんです。セキュリティーを強化するためにTime Capsuleに変えました。まだ導入したばかりなので、これからもう少し整理の方法が変わっていく部分もあるかと思います。
山野 前は突然データが消えたりして。あったはずのものがなくなっていたり。
フォルダー分類は、フォルダー名に番号を付けて順番に並ぶようにシステム設計ができていますね。大分類のフォルダーの中に中分類のフォルダーという階層構造になっていますか?
佐脇 はい。これまでドロップボックスを使っていたときにかなり煩雑だったので、少しずつ整理しながら共有しつつという段階ですね。フォルダーの分類は、分からないときは新しいフォルダーをつくってしまうので、グチャグチャになっていたのを、私が整理して作っています。整理した際は、必ずスタッフに連絡をして共有しています。
プロジェクト内容と、行政とのやりとりとかが明確に分かれていますね。Time Capsuleにアクセス制限はかけていますか?
佐脇 はい。Time Capsuleにアクセスするにはパスワードが必要です。技術のベースを作っているもっと詳しいスタッフがいます。Time Capsuleの導入という技術面は私があまり強くないので、その担当スタッフがやってくれています。
Eメールの整理について伺えますか?事務局のInfoメールアドレスなど、メールの使い方や整理のルールはありますか?
佐脇 ルールは特にありませんが、事業によりますね。インフォメールについては、窓口を1人のスタッフにして受信メール管理をするようにしています。そこからメールの内容を判断して各担当者に送るようにしています。でも、メールそのものの整理(分類)まではできていないですね。
メールのやりとりでプロジェクトの方向性が大きく動くこともあると思います。重要なメールにマーキングをしたり、プリントしている団体もありますが。
佐脇 そこまではやっていないですね。スタッフごとにはやっているかもしれません。
山野 他のルールとしては、僕がこの仕事はこの人に振ろうっていう場合にはその人にCcを付けて、返信していますね。それ以外のメールは、佐脇にccをつけてやりとりをするんです。つまり、僕は今やっていることを一応全部知っていてもらおうということですね。逆のケースももちろんあります。
例えばアーティストから重要な発案内容のメールを共有するようなシステムはありますか?普通だと思っていたやりとりが、後になって振り返るとアート・プロジェクトの神髄だったりするとかありえます。
山野 一応、報告義務はあるのですが、そこまで細かくは今のところやっていません。以前はまとめ役の担当者に一旦任せていましたが、退職し今はまとめ役が居なくなっている状態なんです。それで事後承諾的な事がたまに起こったりしています。
その前任の方のメールは、今はどうされていますか?
山野 実は、退社してるけどそのままメールアドレスを持っているんです。仕事上は今でもつながりがあって、情報交換を継続しています。だから役割的には一部を背負ったままなんです。
アート団体のスタッフは流動性が高いので、重要な決定をしていたメールがゴソッとなくなる可能性はあるかもしれません。
山野 実は黄金町エリアマネジメントセンターは、これまで流動性が非常に低い団体だったんです。ほとんど辞めた人が居ませんでした。まとめ役の担当者が退社した事と、広報が久しぶりの退職する程度でしょうか。
特に大切にされている資料は何でしょうか?アーカイブ用語では「バイタル・レコード」といいますが、プロジェクトに欠かすことのできない資料は、黄金町エリアマネジメントセンターにとって、どのような資料になるのでしょうか?
佐脇 写真は重要な資料だと考えています。やはり街の中での活動なので、一年の中だけでもいろいろと変化しています。元あった建物がなくなって新しく変わったりとか、第三者に変化を見せるときにも重要な資料になっています。
山野 今年は初めてではないですが、映像のドキュメントを撮ったのが良かったと思っています。基本的に展覧会の記録って写真で残しますよね。今まではそうだったんですけど、2013年はたまたま映画作っているアルバイトがいて制作中とか追いかけて撮影してもらったんですよ。それがなんだかすごい面白い。これから続けていけたらと思っています。
それぞれのパフォーマンスやイベントは通常記録していますが、プロジェクト全体のプロセスを撮影し、その膨大な記録を編集されたのでしょうか?
山野 全体の記録を20分ぐらいにまとめていました。表に見せたいと思ったものは記録に残しているけど、そうじゃない部分まで残すかどうか、ということがむしろ重要なことかもしれませんね。よく私の家で飲み会するのですが、そのときにとても面白い話がでます。それって誰も記録していないですね。
口頭でのやりとりっていうのは、どうしても記録として残りにくいですよね。
山野 先日、東南アジアの人たちを呼び、シンポジウムを開催したんです。来年もう1回集まる話になっているのですが、シンポジウムの内容を今年と来年の分と2冊合わせ本を作りたいと考えています。音声や映像としては残してあるのですが、本という形で文字としてもう1回残したい気持ちがあります。
本の出版も楽しみにしています。今日はありがとうございました。
—–
NPO法人 黄金町エリアマネジメントセンター
http://www.koganecho.net/
山野真悟 Shingo Yamano
黄金町エリアマネジメントセンター事務局長
1950年福岡県糟屋郡生まれ。1971年美学校加納光於銅版画工房修了。1970年代より福岡を拠点に美術作家として活動。1978年よりIAF芸術研究室を主宰、研究会・展覧会企画等をおこなう。1990年ミュージアム・シティ・プロジェクト事務局長に就任。これを契機に美術作家からディレクターに転身した。1990年より隔年で街を使った美術展「ミュージアム・シティ・天神」をプロデュース。その他にも「まちとアート」をテーマに、プロジェクトの企画、ワークショップ等を多数てがけた。1991年「中国前衛美術家展[非常口]をプロデュース。2005年「横浜トリエンナーレ2005」でキュレーターに就任。2008年より活動拠点を横浜に移し、「黄金町バザール」ディレクターに就任。これまで6回開催。2009年黄金町エリアマネジメントセンター事務局長に就任、現在に至る。
著書に『福岡のまちに出たアートの!0年 ミュージアム・シティ・プロジェクト1990-200x』(黒田雷児、宮本初音と共著)がある。
佐脇三乃里 Minori Sawaki
1985年神奈川県生まれ。2009年、日本大学理工学部建築学科卒業。2011年、日本大学大学院佐藤慎也研究室修了。大学院時代に、創造活動を行なう施設の活動と運営に関する研究を行なう。『+1人/日』(取手アートプロジェクト2008)、『個室都市 東京』(高山明演出、フェスティバル/トーキョー09)、『完全避難マニュアル 東京版』(高山明演出、フェスティバル/トーキョー10)などのプロジェクトに関わり、2011年よりNPO法人黄金町エリアマネジメントセンターに所属。黄金町芸術学校の企画を行なうほか、アートマネジメントとまちづくり事業の双方に関わるプログラムのコーディネートを行なっている。
[今後の予定]
「仮想のコミュニティ・アジアー黄金町バザール2014」
http://www.koganecho.net/koganecho-bazaar-2014/index.html
地域・企業・行政が協力し「アートによるまちづくり」を推進。滞在制作や地域と連携したまちづくり事業を展開しています。今回は、アジアを中心とした国内外の若手アーティスト38組の作品を黄金町の街中に展開。会期中は国際シンポジウムや演劇、地域と共同で食に関わるイベントなどを開催予定。
会 期:2014年8月1日(金)〜11月3日(月・祝)
休場日:毎月第1・3木曜日
時 間:11:00〜19:00
会 場:京急線「日ノ出町駅」から「黄金町駅」の間の高架下スタジオ、周辺スタジオ、既存の店舗、屋外、他
入場料:
・会期中有効のフリーパス 700円(中学生以下無料)※当日券のみ
・ヨコハマトリエンナーレ2014 連携セット券
[前売]一般 2,000円/大学・専門 1,500円/高校生 1,100円
[当日]一般 2,400円/大学・専門 1,800円/高校生 1,400円