茨城県守谷市で20年以上に渡って継続している「アーカスプロジェクト(以下、文中ではアーカスと表記)」は、日本で行われるアーティスト・イン・レジデンスプログラム(AIR)のパイオニア的存在です。
国際的に活躍する若手アーティスト支援を目的としたAIRプログラムでは、コーディネーターのサポートのもと、公募によって世界中から招聘されたアーティストたちが約3ヶ月の滞在中にスタジオでの制作活動を行います。
アーカスのAIRプログラムでは滞在中に成果を求めない方針で、プログラム終了後にアーティストの作品が残されることはありません。そのため、滞在中のアーティストの活動を知るためには、その記録や資料が重要となっています。
過去20年に渡り蓄積されてきた貴重な資料や、毎年行うプログラムの資料について、チーフ・コーディネーターをつとめる朝重龍太さんと、コーディネーターの石井瑞穂さんにお話を伺いました。
今回のインタビューは前編では主に資料の整理・保管について、後編では報告書の作成や今後のアーカイブの方向性について、2回に分けて公開していきます。
(後編のインタビューはこちら)
(P+ARCHIVE、以下斜体) 過去20年間で蓄積された資料についてどのように整理していますか?
石井瑞穂氏(以下、石井) 2005年の10周年のときに当時のディレクターであった帆足亜紀さんが過去10年分を全部整理して目録を作ってくださったのです。そのあとの資料が手付かずだったのですが、2013年の耐震工事をきっかけに私たちももう一回総ざらいして整理する必要性がでてきました。
工事の間、私たちがここの拠点から一時的に離れなくてはいけないときに全部整理したのです。工事が終わったあとに帰ってきて、私たちは保管場所を把握できていますけど、過去の資料が今どこの位置にあるのか分かる目録まではまだ作られていません。
県の事務局は何年かのローテーションで資料は全部破棄されると思いますが、アーカススタジオは拠点として場所がずっと残っているので歴代の人たちが引き継ぎで残せているということはあると思います。
アート・プロジェクトの事務局はノマドなところも多く、資料の散逸という課題がありますが、アーカスでは拠点があることで残せているのでしょうか?
石井 ここも耐震工事の時に結構整理しました。たった半年の間に、工具やアーティストが残していった材料とか何か使えるのではと残していたものも全部処分したり、貴重なものは仮の事務所に移動したり、相当な移動をしました。
朝重龍太氏(以下、朝重) 2011年に小田井真美さんがディレクターのときに、それこそ資料を整理してアーカイブしよう、という話になったのです。インターンだった志村春海さん(2011年度のP+ARCHIVE講座の受講生)が目録を作りつつ、資料を1箇所に集めてまとめてくれました。それ以前の状況は僕たちも把握できていないのですが、志村さんが整理してくれた資料を移動する作業だったので、バラバラになっている資料をかき集めるということはなかったですね。
石井 志村さんが資料を整理する一方で、私は過去の招聘アーティストを調査していました。小田井さんから過去のアーティストたちの現在の活動を調べてほしいということで、私はずっとアーティストの略歴などを見ていて、その間に彼女はここにある記録を全部整理してくれましたね。
そのときに志村さんは目録づくりが担当だったということですか?
石井 そうですね、資料にナンバリングのラベルを貼り、年度ごとに整理して、目録も作るということがミッションでした。そこは小田井さんが先見の明があったと思います。志村さんと私は基本的には過去のものを洗いざらい片付けて整理するということに集中させてもらいました。
志村さんが整理した資料はすべて目録に記載されているということですね。
石井 彼女は一通りあるものは目録にしてくれました。ただ、2011年度以降については、アーティストが滞在中に残していったメモだったり資料だったりとかは集めはしたものの、次の年度の準備が始まって慌ただしくなってしまって目録化していくという更新ができていません。
整理をきっかけにアーカイブの重要性に気付かせてもらえましたが、過去の資料がいかに外部にアピールしていける宝であるか、ということを広く伝えるまでに至っていません。
確かに20年経つと今活躍しているアーティストの初期の活動など、資料としての貴重性がだんだん高まっていくのではないでしょうか。
石井 そこは自信を持って言えますね。みんなものすごい人たちになっています。
アーティストたちの活動をどう資料として残しているのかをお聞かせください。
石井 成果ということでは、イベントではプロのカメラマンに撮影してもらい、日常での活動はスタッフが撮った写真を残しています。それから作品以外のメモなどは全部項目をつくってファイルに入れて、滞在したアーティストの資料は全部残しています。
たとえばドローイングなどが残されることはありますか?
石井 ある場合もあります。あとは当時のスタッフにお土産か何かであげたものとか、価値があるか分からないけど、捨てられずに置いといてあるものがありますね。
本とかは、アーティストが残していったり、私たちが見つけて保管しているものを年代ごとに分けています。先代の帆足さんの頃から過去の滞在アーティストについて掲載されているページは全部付箋をつけるようにしています。
表現も多様になりプロセス自体も重視しているアーティストの活動は、作品とアーカイブ資料を切り分けるのが難しいときもあります。アーカスに滞在するアーティストの資料についてはどうでしょうか?
朝重 それはすごく難しいですね。何を残すかというのも、よくわからなくなることもあります。例えば、ドローイングとか手書きのメモとか、打ち合わせしたメモとかが残っています。
石井 アーティストが実際に滞在中に必要とした資料、例えば和紙が欲しいといって集めた資料とか、アンケートだったりとかは、作品そのものにはならなくて、素材ですよね。それは本人も一部持っているんですけど、コピーもとって事務局でも預かっていくと今後どうやって残していくかということになります。
そのために、2年前に耐震工事が終わってすぐに年度別に滞在アーティストたちのファイルを用意しました。2010年くらいから話し合ってきたのですが、あらゆる滞在に関わる資料を残していくのは、スタッフのルールになっています。
みなさんで共有しているスタッフ間のルールについてお聞かせください。
朝重 データだけでいうと、年度ごとにイベントのタイトル別にフォルダを作り、資料をデータで共有してみんなでファイルを保存していくという感じです。
そのフォルダ階層はあらかじめ空で作っておくのですか?
朝重 そうですね。年度ごとに毎回作り直して、それが年度順に同じような形で並んでいきます。単純にみんなで作業するときも共有しやすいし、どこに何が入っているかすぐにわかります。
石井 歴代の事業は、一貫して地域の方々を対象にした地域プログラムと、アーティスト支援のためのアーティスト・イン・レジデンスプログラムの2本の軸でずっと続けています。そこはすごく整理しやすいです。
例えば、歴代のディレクターによって方針が変わってしまうとコンセプトがぶれてしまいます。私がずっと見ていて思うのは、歴代のディレクターがどういうやり方でやっていても、基本的には2つのプログラムは22年間変わっていないのでそれは分かりやすいと思います。
その2つの軸のプログラムの他に、事務局としてのフォルダ分類などはあるのでしょうか?
朝重 そうですね、「運営」というフォルダがあり、その中に予算の整理とかプログラムの最終的な実施計画とか、事務的なものごとのフォルダがあります。
クラウドサービスを使っている団体が多いようですが、例えば、「ドロップボックス」や「グーグルドライブ」などは活用されていますか?
朝重 画像データではなく、僕たちが日々使っている事業資料や会計、公募の審査資料、アーティストの情報などは、ドロップボックスに保存しつつ単純にスタッフが共有できるようにしています。
画像データの保管は、ローカルなハードディスクに残しているだけですね。というのは結構な容量になるので、それをクラウドに上げるというのも仕組み的に問題がありますし、実際にどこに保存されるのかという問題もあります。ゆくゆくはあり得るのかなと思ってはいますが。
アクセス権は設定されているのですか?
朝重 もちろんドロップボックスのパスワードを知っているのは内部の人間だけです。やっぱり外で打ち合わせすることもあるので、外部と共同でやっていくときにサーバ経由のデータの受け渡しにも使えるのは便利ですね。
データの中で圧倒的に写真が多いと思います。写真の管理について詳しくお聞かせください。
朝重 過去の画像データの管理でいうと、2009年以前はだいたいDVDなどのメディアで焼いてあるだけです。そのメディア自体に、写真家がとったものはその方の名前がラベリングされていますが、スタッフが撮影した日々の記録については全部のメディアを確認できていません。
2013年に20周年イベントでシンポジウムをやるときに過去のアーティストのパネルを作ったのですが、そのときに写真を探すのが大変でしたね。メディアがどこに管理されていて、そのメディアに何のデータが入っているのか分からなかったので、中を確認する必要がありました。本当にあっちこっちにあったのを、ようやく年度ごとにボックスに整理してまとめたのです。
もっと前になると、写真はポジスライドで保存されています。幸いなことにそれらを全部スキャンしたデータがあったのですが、それがなかったらスキャンするのも大変でした。また、このポジをどうしたらいいのかということになっていました。でも一応ポジスライド自体はとってありますし、それも年度ごとにボックスにまとめて入れてあります。
ポジからデジタルに変わったのは、だいたいいつ頃からですか?
朝重 全部は見ていませんが、だいたい2003年ぐらいからほとんどデジタルで残っています。
今は、基本的に滞在しているアーティストの活動を常に写真に撮って、それをアーカイブしています。といっても本当に撮った日を元に日付、もしくはイベントごとにフォルダで分けて保存してあるだけですが。画像をデータでハードディスクに残して、最近はあまりできていないのですが、本当はそこからDVDに焼いて残していくのが理想です。
AIRに関しては、たとえば2014年のレジデントアーティストでフロレンシアというアーティストがいたら、「日付_フロレンシア_ワークショップ」と何かをやった日付でフォルダをつくります。
オープンスタジオのときには写真家に撮影してもらって、さっきのフォルダ名「日付_イベント名」のあとに写真家の名前を入れています。そういうフォルダを日付ごとに並べて、ハードディスクに保存しています。
石井 2011年頃からハードディスクで保存しているデータだけでも1テラを超えるくらいになりますね。
ハードディスクは消耗品だと思いますが、新しいものに更新をしていたりしますか?
朝重 更新することはしていませんが、ハードディスク自体の容量が足りなくなってしまうので、新しく買い足したりはしています。できれば2箇所ぐらいに分けたいなと思っているのですが、ここ3,4年くらいはハードディスクに残しているだけですね。
ハードディスクに保存しているだけだとなかなかリスクがありますね。
朝重 怖いなとは思っています。バックアップを本当は取り直してDVDメディアに焼いておくというのが一番良いのですが、まだそこまではできていないですね。
石井 ハードディスクを持ち帰るのは禁止ですね、絶対。怖いですから、何があるかわからない。
過去のビデオなどの映像記録についてはどのように整理していますか?
朝重 VHSのビデオテープも残っていて、それも幸いなことにデジタル化してDVDで残してあります。それこそ、初期のアーティストの作品がVHSカセットとデジタル化したDVDで残されています。20周年のシンポジウムをやるときに、DVDからデータを取り出してハードディスクにも保存したので、今は、VHS・DVD・ハードディスクの3種類あるということですね。
いろんなメディアで残すことは保存の方法として理想的だと思います。
朝重 ただVHS・DVD・データの3つの対応をみていないので、全部がデジタル化できているのか分かっていません。VHSはあるけどDVD化されていない記録は多分まだいっぱいあると思います。
石井 あとは茨城県の事務局でアーカスに関して放送を録画しておくとか、新聞は残しておくとか、メディアクリッピングを能動的にやってくれています。県の意向として記録として残していかないといけないということがあるので、20周年のときに映像を全部チェックしたときに、94年のパイロット事業の映像が残っているのは奇跡だなと思いましたね。
貴重な映像が残っているのですね。
朝重 残っている方だと思います。ただ、それを整理はされていないので何がどういう風に残っているのかという把握は出来ていません。
石井 把握したくてもそれを見る時間もないですし、放映の権利などもあるので、私たちもそれを表立ってお見せすることもできません。記録として「わあこういうのも残っているんだ」という感じで年度別に整理するぐらいですね。
紙資料についてはどのように整理されていますか?
石井 資料はいくつかのジャンルに分かれていて、紙媒体の資料、画像資料、その他とあるので、私たちも書き出してみました。
朝重 紙資料もやはり同じように、AIRプログラム、地域プログラム、運営と大きく3つの分類でフォルダを作っています。AIRプログラムに関してはアーティストごととか、地域プログラムではプロジェクトごとというように、まずはそこに入れていくという形で整理しています。
県の職員の方と一緒にやっていると、作成する文書の種類によっては保存年限の設定などの規定はありますか?
朝重 僕たちがスタジオ内部でつくるものに関してはそれほど制限はないです。
保存に関しては、スタジオの内部で作った文書は保存できていますが、やっぱり県の事務局でしか作られていない文書というのもあります。1部コピーかデータを頂いていますが、向こうで作られてこっちで残っていないものがどこまで残せているかは分かっていません。あとはやはり県としては5年で大体廃棄となります。
石井 2008年から2009年くらいのスタッフが残した紙資料が全部ファイリングしてあったので、各スタッフが残した資料から読み取っていっています。運営のために残していくものとか、アーティストの活動のために残していったものは、代々ごとにあるのですが整理ができていません。今できることとして、付箋でメモをつけることだけはやっています。
アーカイブについてのトークイベントにいくと、その当時のチラシが記録としてとても重要だと聞きます。レジデントアーティストの出展していた展覧会のチラシとか、ウェブサイトの記録とか、そのようなものまで本当に紡いでいかないといけませんね。
(後編へつづく)
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アーカスプロジェクト
http://www.arcus-project.com
朝重 龍太 Ryota Tomoshige
アーカスプロジェクト チーフ・コーディネーター。1979年長崎県生まれ。武蔵野美術大学造形学部映像学科卒業。2006年から2011年まで有限会社TOSHIO SHIMIZU ART OFFICEに勤務し、主にパブリックアートの制作設置に関わった後、2012年から現在までアーカスプロジェクトにてコーディネーターとして、スタジオの運営、レジデンスプログラムや地域プログラムの企画運営に関わる。2013年から現職。
石井 瑞穂 Mizuho Ishii
1973年千葉県生まれ。2002年東京藝術大学大学院美術研究科修士課程デザイン専攻修了。在学中よりアーカスプロジェクトのボランティアに参加。2002-3年ポーラ美術振興財団の在外研修員としてマレーシア、インドネシア、タイ、ラオスにて研修、東南アジアのオルタナティブスペースを調査。制作活動しながら2007-8年茨城県利根町にてアーティストによるAIRの運営。2010年アーカスプロジェクトインターン、2011年同アーカイブスタッフを経て、2012年よりコーディネーターとして企画運営の補佐を務める。近年では地域プログラムで「だいちの星座-つくば座・もりや座-」実施に携わる。
[今後の予定]
アーカスプロジェクト2015いばらき アーティスト・イン・レジデンス プログラム
http://www.arcus-project.com/jp/residence/
今年度で22年目を迎えるアーカスプロジェクトのレジデンスプログラムは世界81カ国・地域、応募総数599件の中から選ばれた、インドネシア、英国、南アフリカのアーティストを招聘します。彼らは8月18日から110日間、守谷市に滞在し、研究・制作活動を展開します。オープンスタジオは8日間の開催です。乞うご期待。
滞在期間:8月18日[火]−12月5日[土] 110日間
◎オープンスタジオ:11月14日[土]−22日[日] (※16日[月]を除く) 13:00 – 19:00
入 場:無料
会 場:アーカススタジオ(茨城県守谷市板戸井2418 もりや学びの里2F)
アクセス:つくばエクスプレス(秋葉原より快速で32分)、または関東鉄道常総線で「守谷駅」下車
詳細→ http://www.arcus-project.com/jp/about/access.html
問合せ:アーカススタジオ|0297-46-2600 / arcus[at]arcus-project.com
HP:http://www.arcus-project.com