全国のアートプロジェクト実施団体に対して、資料の保存状況や、アートプロジェクトのアーカイブに対する考えを伺うインタビューシリーズの第一弾として、NPO法人 BEPPU PROJECTの山出淳也さんにお話を伺いました。
2005年から続けてプロジェクトを動かし続けてきたなかでの苦労や工夫など、多人数で活動していく中で資料整理のルール作りが大切であることについてや、アートプロジェクトを継続していくことに対するお考えをお聞かせいただきました。
(P+ARCHIVE、以下斜体)BEPPU PROJECTの資料の保存形態についてお伺いします。主にどのような資料を保存されていますか?
山出淳也氏(以下、山出) 別に特段変わったことは何もしてなくて、まず、プロセスの写真だとか、講演会やトークをしたときは必ずビデオを撮って残していくとか。あとは、例えば議事録を取ってサーバーにそれを保管しています。サーバーは常に同期されバックアップしています。毎年度ごとのフォルダーがあって、整理の仕方には注意しますね。
事務所は壁が全部棚でオープンのアーカイブルームになっていて、プロジェクトが動いてるものは見えるようにしています。資料はファイルに入れていて、その後ボックスに入れます。あとは、グッズとかだったら写真に撮って、その写真をボックスに貼るような感じですね。
整理のためのシステムはどなたが特別に考えられたんですか?
山出 以前の事務所にはアーカイブルームのようなスペースが昔あったんですよ。だけど、そこだと資料が結局埋もれてしまうから、「見える化」したいという動きがでてきて。それで、事務所を2、3年前に引っ越した時に建築家にお願いして棚も全部作ったのです。箱も統一したものを最初から作ろうという話しが出ましたがお金がかかるので、既製品を決めて買ことにしました。これは、建築家が指定してくれて、当時、大量に買ったんです。邪魔になってもう捨てようかという時もあったんですが(笑)、今はもう全然収まらなくなっています。
資料の「見える化」の整理は、山出さんご自身が危機感を持って率先して進めているのですか?
山出 いや、僕だけじゃないと思いますよ。実は、今年、組織改革をして、去年までは広報だとか総務とか企画とか制作とか課に分かれていたんです。課ごとの棚があるので、それは分かりやすかったですよ。だけど、何年間か経ってちょっと不都合が出てきて。それこそ本当に縦割りになってしまい、それで今はディレクター制に変えています。10本くらいプロジェクトが今年は動いていますが、それぞれのプロジェクト担当者の席の後側に資料を全部並べる整理になっています。プロジェクトが終わった段階で、箱に入れ、中に何が入ってるかを書いて保存しています。
スタッフの方は結構異動しますか?スタッフが辞めた時に、資料は散逸することが多いようですが。
山出 やはり3年くらいで変わることが多いですね。僕としては終身雇用ではないけど、長く居てほしいんですけど。最初から居るスタッフは今2人いて、もう8年になります。
紙資料で残っているものはともかくとして、プロジェクトを進める際に、やはりメールとかが多いので、むずかしいですね。例えばヤマイデとか、ヨシハラとか、名前が入ったメールアドレスを使っていますが、一時期、それを一本化して、みんな同じメールアドレスでやろうと試しました。でもうまくいかなかったんです。すごい量が来るので(笑)。それで今は基本的に自分たちのパソコンでローカルに保存しないようにし、作業はするけど必ずサーバーに保存するルールにしたんです。
とてもルール化が進んでいますね。
山出 実は、それを僕だけ守ってないんで(笑)。いろいろなプロジェクトが同時に進んでいるので、途中段階までのやりとりがどこまで行われているのかが分からないことは結構多い。それでサーバーのルールを頑張って作ったスタッフがいます。日付ではなくて全て頭に数字を付ける管理の仕方を考えて、内規のマニュアル作りをして以来、それをずっと続けています。
それはいつ頃からでしょうか?
山出 2011年頃だったか。それまでスタッフは10人くらいだったのですが、一気に15人ぐらいに増える時があって、新しい人も入るし。内規というよりもどっちかというとウィキペディアに近い発想で作っていけたらと考えました。スタッフの関係性の蓄積のようなことも含めて作りたいと思ってたんです。今はワードとかで作ってますが、本当はもうネット上で作りたいぐらいで、スタッフ誰もがすぐ更新ができるように。その中でもペーパーで基本的に変えない情報と、更新されるべき情報っていうのがあるかと思います。BEPPU PROJECTは職員が18人いて、12月には3人増えるので、20人くらいになると何も決めないとすぐグチャグチャになってしまいますので。
紙資料の整理と電子資料の整理方法を決めているのはすごいですね。
山出 紙資料をなるべく無くしたいんですよ。何十万か出して買った複合機が、3年間でもう2台壊れて今3台目なので。これからはペーパーレスだと。今はプロジェクターを使っているので会議の時も配られる文書はもうほとんどないですね。必要なものはパソコンでみんな共有するとかして工夫しています。
やはり電子資料の整理がメインになっていますか?
山出 そうですね。だから定例のミーティングだと、例えば毎回ワードで残していくとか。もちろん時系列で、書類のタイトルの付け方とかも全部決めています。それにしても分かりづらくなるので、最近はエクセルにしたりして、みんなそれぞれ工夫していますね。
そのタイトルの付け方には、例えば必ず日付を付けるとか、記載者の名前を付けるとか、ルールはあるのでしょうか?
山出 あります。その他にも基本的に表に出すときの文書のルールっていうのはあります。例えば、子どもだったら、漢字の「子」に、「ども」は平仮名だったんだけど、両方漢字にするってことにしました。
資料の話に戻りますが、残しておきたくても取りこぼれてしまっているものなどはありますか?
山出 ああ、ありますよね。メールやペーパーで無くなっていくものは、うちの事務所ではスタッフがしっかりしているのでほとんどないです。問題は、口頭ベースとか電話で打合せしている時のことが、なかなか分かりづらい。例えば、あるアーティストとこういう作品を作ろうと打合せした時、それこそ昨日「あれどうなったんだっけ?」ということがあって。結局、そのやりとりが電話だったり、会って話をして、メモで残したりしていると思うんですが、分かりづらくなることがすごく多い。例えば立ち話でスタッフと話していることって、その次のプロジェクトにつながる境目になっていくことがあるんですよね。
何か良い対処法を考えられればよいのですが。
山出 なるべくしっかり残すことは大切だけど、本当はその残し方なんですよね。メモで残すとか、時間的な余裕があるときはリマインドを調べたりとか、話したポイントをまとめてメールでおくとか。
重要な事や決定した事の報告はメーリングリストで流すように決めて、それを追っていけば後で分かるようにすべきだと思います。やはり、その日付が重要ですよね。どうなっていたかっていうのを後で追えるようにしないと。
自分たちがこの資料を無くすと成り立たないもの、―これをアーカイブ用語では「バイタルレコード」と言うのですが―、そういったバイタルなものがBEPPU PROJECTにとっては何でしょうか?また、アートプロジェクトにとって何だとお考えですか?
山出 一番はお金の流れです。人の動きとお金の流れがあれば、その企画がなんだったかということは大体分かると思っています。組織を考えるときに、そこをしっかり押さえられるかどうかっていうのが一番ですね。あとは、もともと僕も作家でインスタレーションを作るから思うのですが、やはり記録―写真やトークの音声、映像―それはきちんと残したいですね。少なくとも写真で残ってないものはないですね。
プロジェクトの写真や映像の記録がバイタルレコードということでしょうか?
山出 無くなるものですからね。その場限りのものが多いから。その記録がないと、インスタレーション作ったけども結局どこにも残ってないってことになりかねない。例えば、九州派とかネオダダは活動期間が短くて、そのときの作品って残っているものなんかほとんどない。その中で、石松健男さんや何人かの写真家が記録を取っているのは非常に重要です。
アートプロジェクトでは、写真や映像の記録を大切にしていますね。
山出 他には、本やチラシを作った時、何部残しておくかというルールを決めて、基本的にそれは箱に入れたらもう開かないというルールがあります。ただ、僕がどこかに持っていくこともあって、スタッフはそれを嫌がっているようですけど(笑)。
それからサーバーへの保存の仕方にはすごく気を使っています。個別の思いつきでではなく、ルールに沿っているので、大体何がどこにあるか見つけられますね。何テラバイトとかすごい量があるので。それが写真も含めてサーバーの中に全部保存しています。写真はデジタルだと誰が撮ったか分からなくなるので、フォルダーに、例えば「804-クニサキ-XXX」などとし、写真の画像と写真のクレジットもテキストデータで入れています。それが崩れちゃうと、もう大変なことになってしまいます。
参加アーティストに関する資料はどうしていますか?
山出 例えば、混浴温泉世界であれば、アーティストごとのフォルダーがあって、ロケハンとか作品とか、写真は別フォルダーで整理しているので入れませんが、その他は全部その中入れています。アーティストの作品は、それほど持っていないですね。まあドローイングとして作品が残ったものとか、そういうものはありますが。
プロジェクトを実施する周辺や地域の方のネットワークに関する資料、例えばどこに何を置かせてもらえるかとか、交友関係に関する資料は重要な資料でしょうか?
山出 それはどうしても人に付くんですよ。要するにノウハウっていうのが。だからノリッジ(知識)のデータベース化をどうするかが重要です。内規でやりたかったのはそこなんですね。少なくとも、事務所のルールとか、それぞれのスペースの鍵の開け方、締め方だけは、まず固めようっていうのはあるけども、それだけでは足りないんですね。例えば、広報担当者は広報のノリッジがつきますよね。広報に関しての漏れっていうのはほとんどなくなるんだけども、逆に言うと、完全な分業制になってしまうので、それを受け渡す段階で漏れができてしまう。だから基本的に全てのスタッフが、広報も経理も全部やるように変えてみました。まだ変えて1年なのでうまくいってはないけれども、それぞれのスタッフがその地域でいろんな人たちと関わりを持つから面積は広がる。今まで1人とか2人のスタッフがやっていたことから、より面積が広がります。だけども、これをしっかり共有できる形を、みんなが徹底しない限りはうまくいかない。
やはり人につく情報というのは多いのでしょうか?
山出 ほとんどですよ。もう99パーセントそうだと思います。結局、人間との信頼関係だし、情報も流れるべきところに流れると思うんです。そういう意味では、2、3年前に『旅手帖beppu』っていうフリーマガジンを作り始めて、それで地域との関係が深くなったし、広がりました。でも、全スタッフが同じくらいの深さを持ってつながってるわけではないので、だからみんなで共有し合わないといけないんです。
その他にも重要な資料というものはありますか?
山出 どういう媒体に載ったのかをきちんとクリッピングして保存しています。メディアのクリッピングと、それに対する広告効果については定期的にやります。その辺は癖がついていますね。
いいプロジェクトって次につながらないと、やっぱりいいプロジェクトだと思ってなくて。例えば、作品作っても展覧会しても、それではぜひ今度うちでもやってくれとか、次のことが起こるものだと思います。そういう意味ではプロジェクトもプロジェクトを生むわけですよ。僕らはそこを意識していて、プロジェクトのつなげ方や広げ方を僕は面的にデザインする方です。つまり、ある本を作り、それが次にどうつながっていくかということを、おぼろげに想定しながら進めるんですよね。何をやっているかをしっかり伝えていくためにも、仕事の種としては重要なんです。
過去をトレースするためというよりは、これからの活動のための資料だということでしょうか?
山出 そもそも論としてニーズが社会にはなく、マーケティングをしても絶対出てこないアートプロジェクトにおいて、いろいろな種植えをしながら、「Wants(ウオンツ)」という花を育てるわけです。それが結局ニーズに変わってきたときにお金に替わるわけです。つまり、アートプロジェクトは社会化されていくわけで、すごく意味があることだと思っています。それが今までのような作品の売買だけではなく、アーティストが社会と関係を持ち、アーティストの考え方が社会のイノベーションにつながるとか、豊かになるとか、そのためには説得材料の一つとしても、メディアのクリッピングはきちんとしますね。
報告書を作る際にも活用するのでしょうか?
山出 大きな事業に関しては、プロジェクトの評価シートを作っていて、プロジェクトの目標を設定していこうとしています。『混浴温泉世界』や『ベップ・アート・マンス』という事業に関して言うと、BSC(バランス・スコア・カード)をつくっています。先にビジョンを立てて、戦略マップを作って、そこに対する目標数値を立てます。因果関係で成り立っていくシートではあるけど、目安になりますね。それと後で見ると、この時点からこういう因果関係でこう動いたといったようなこともわかります。あとは、助成金交付先に出す報告書とは別に、規模の大きなプロジェクトの報告書は組み立てています。
最後に、アートプロジェクトのアーカイブについての期待を伺わせてください。
山出 以前は、それを一つのモデルのような形でいろんな人たちが勉強する材料なればいいと思っていました。ですが、現場としては、多分その読みものとしてのアーカイブだと役に立たないんだと思うんです。アーカイブにならない部分が一番大切で、例えばいろいろな人と交渉したり説得したりすることが多いんですが、うまくいくこともいかないこともあり、どんな話し方をして、どのくらい長く話して、どこで強く言ったかなど、要するに人間力って言ったら変だけど、やっぱりそういうことだと思うんですよね。だから、1回目の会合がありました、住民の方とこういうことがありました、といった議事録的なものがあってもあんまり役に立たない。やはり実践の場でしか学べないことだと思います。
ですが、プロセスというものは非常に重要だと思うから、成果物だけ見ていくのではなく、そのプロセスの重要性を伝えていくという意味で、アーカイブはオンゴーイングな組織にやはり必要だと思うんです。
もう一つは、アートプロジェクトっていうのは日本ですごく沢山ありますよね。もう10年したら多分ほとんどなくなると思うんですね。その時に持続力をどう持たせるか、それは経済的にもそうだし、組織的にもそうだし、そのビジョンが重要だと思うんですけど。やはり「あれ何だったのか」という現象がとても重要だと思う。例えば、横浜トリエンナーレでも、川俣さんの時はアーカイブが出来て、ドキュメントとしても素晴らしかったと思います。ですが、大体のドキュメントやアーカイブは、何回会議をして動員数何人というようなあり方ですね。これは評価とも関係するのですが、プロジェクトの評価につながるアーカイブの手法は開発すべきだと思うんですね。
数字をそこで見せていくことなのか、経済効果で計れることなのか、小さなエピソードを集めていくことなのか、いろいろやり方あるとは思いますが、それぞれがどういうプロジェクトだったのか、それを踏まえた上で、記録の残し方というのを考えていく必要があるとは思います。プロジェクトを作っている時は忙しくて考える暇がないから(笑)。
本当にそうですね。今日はありがとうございました!
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NPO法人 BEPPU PROJECT
http://www.beppuproject.com/
山出淳也 Jun’ya Yamaide
NPO法人 BEPPU PROJECT 代表理事/アーティスト
1970年大分生まれ。PS1インターナショナルスタジオプログラム参加(2000~01)。文化庁在外研修員としてパリに滞在(2002~04)。主な展覧会に「GIFT OF HOPE」東京都現代美術館(2000~01)、「Exposition collective」Palais de Tokyo、パリ(2002)など。2004年に帰国し、国際展開催を目指してBEPPU PROJECTを立ち上げる。
別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」 総合プロデューサー(2009、2012)
国東半島アートプロジェクト 総合ディレクター(2012、2013)
平成20年度 芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞(芸術振興部門)
国東半島アートプロジェクト 2014年3月1日<土>~3月23日<日>
参加アーティスト:アントニー・ゴームリー、勅使川原三郎、雨宮庸介、西光祐輔
*国東半島アートプロジェクトは国東半島芸術祭のプレ事業です。
国東半島芸術祭 2014月10月4日<土>~11月30日<日>
国東半島芸術祭および国東半島アートプロジェクトの詳細 http://kunisaki.asia