Palas por Pistolas (Pistols into Spades) ピストルをシャベルに

1.ピストル・シャベル

このプロジェクトは、麻薬取引の拠点で発砲事件の絶えないメキシコ西部の都市クリアカンで始まった。クリアカン植物園から園内でのアートワークの依頼を受けたアーティスト、ペドロ・レイズは、より大規模な市民運動を提案した。
それは、地元の店で電気製品を購入できるクーポン券と引き換えに、市民から銃を集め、集まった銃をローラーでつぶして板状にし、さらに地域の鋳物工場でシャベルに加工するというもの。これによって1,527挺の銃が集まり(その4割は、軍隊が使う殺傷能力の高いものだった)、1,527本のシャベルが出来上がった。
レイズはシャベルを地域のチャリティ団体や学校に配り、受け取った団体はそれを使って、市内のパブリック・スペースに1,527本の木を植えた。シャベルそのものも、出自を記したラベルを付けて各所で展示された。
その後、このシャベルは、アメリカやヨーロッパ各地のミュージアムや学校、文化施設などに巡回し、展示と同時に市民参加の植樹も行われている。
「この儀式は、死の道具がいかに生の使者になるかを示す、教育的目的をもつものだ」とアーティストは言う。

1,527挺の銃が集まった

1,527挺の銃が集まった

軍の施設で銃をローラーでつぶし、板状に

軍の施設で銃をローラーでつぶし、板状に

地元の鋳物工場でシャベルに鋳造

地元の鋳物工場でシャベルに鋳造

5.palasporpistolas_15
1,527艇の銃が1,527本のシャベルに

1,527艇の銃が1,527本のシャベルに

シャベルを使って、地域住民が植樹

シャベルを使って、地域住民が植樹

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Project Row Houses プロジェクト・ロウ・ハウス

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Project Row Housesは、アーティスト、リック・ロウが中心となってヒューストンで始めたコミュニティ活性化プロジェクトであり、それを運営するNPOの名称でもある。
1993年、アフリカ系アメリカ人が主に住む貧しい地区「第3区」で、リック・ロウは“ショットガン・ハウス”と呼ばれる長屋22戸が打ち棄てられているのに目をとめた。その長屋は、ロウが尊敬するヒューストンの著名な画家、ジョン・ビガーズが、建築的、精神的、社会的価値を認めたものだった。ロウは、ここは新しいアート活動の格好の舞台になると感じ、アーティストのグループと議論を重ねて長屋の買い取りを実現。ギャラリー、アーティスト・イン・レジデンス、若い未婚の母のための一時的住居などに変え、元気を失ったインナーシティのコミュニティの再生を目指した。

荒廃したショットガン・ハウス

荒廃したショットガン・ハウス


リノベーション工事風景

リノベーション工事風景


アートと、アフリカン・アメリカンの歴史と文化を通してコミュニティ構築をしていくというProject Row Housesのミッションは “ソーシャル・スカルプチャー”という言葉をつくったドイツ人アーティスト、ヨーゼフ・ボイスの考え方に通じるものである。
地域との強い関係構築を目指したこのプロジェクトは、その後、区域をさらに広げ(最初の1.5ブロック6ブロックへ)、提供するサービスも低所得者向けの住宅開発まで広がり、地域の持続的発展につながるソーシャリー・エンゲイジド・アートのモデル・ケースをとなっている。リック・ロウは、2002年にHeinz Award in the Arts and Humanities、2010年にLeonore Annenberg Prize For Art and Social Changeを受賞している。

当初は22棟でスタート

当初は22棟でスタート

20周年記念パーティ

20周年記念パーティ

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Great Wall of Los Angeles グレート・ウォール・オブ・ロサンゼルス

プロジェクト開始前の水路。中央に砂袋を置いて作業中の安全を確保

プロジェクト開始前の水路。中央に砂袋を置いて作業中の安全を確保

ジュディ・バカ(中央)と若者チーム

ジュディ・バカ(中央)と若者チーム

1974年、メキシコ系アメリカ人アーティストのジュディ・バカは、米国で河川工事を管轄する陸軍工兵司令部から、洪水コントロール水路の壁面を美化するために壁画が考えられないろうかともちかけられた。メキシコの社会的壁画運動に影響を受けていたバカは、問題の壁面を初めて見たとき、ここにカリフォルニアの“もう一つの歴史”―公式の歴史書では無視されてきた少数民族や移民、女性をフィーチャーした歴史絵巻を描きたいと思ったという。様々な政府組織、コミュニティ団体、企業、財団、個人の支援を得、アーティストと地元の若者たちのチーム“Mural Makers”をつくり、1976年夏にグレート・ウォール(正式名称は、The History of California)の制作が始まった。
最初の年に描いたのは先史時代から1910年代まで。以後、1978年に20年代、1980年に30年代、1981年に40年代、1983年に50年代を描き加え、全長2,754フィート(約840メートル)の世界で最も長い壁画の一つとなった。

1940年代のセクション

1940年代のセクション


これまでMural Makers に参加した若者は400人以上(鑑別所にいた少年たちも含む)にのぼり、彼らはスーパーバイザー・アーティストの指導のもと、エスニック・ヒストリーの専門家から講義を受けたり、即興演劇やチームビルディングの訓練を受けながら、共に仕事をするためのスキルを身につけていく。つまり、このプロジェクトは、アクティビズムと青少年教育を融合させたものなのである。
グレート・ウォールは、バカが設立した非営利のコミュニティ・アート・センター、Social and Public Art Resource Center(SPARC)のプロジェクトとして実施されており、現在も継続中。傷んだ部分を修復するとともに、1960年代以降のセクションを制作する準備が進められている。

描き手は14~21歳の若者

描き手は14~21歳の若者

40年代を描いたチーム

40年代を描いたチーム

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Eleven Tears : A Memorial 11の涙

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『11の涙』は9・11同時多発テロで亡くなったアメリカン・エクスプレスの職員を悼んでつくられたメモリアル。
11面にカットされた600ポンドのクリスタル(ブラジル産)が天井からの11本の長さ35フィートのケーブルで吊るされている。このクリスタルは、巨大な涙を象徴しているという。床は11面体の黒御影による石盤になっており、それぞれの縁の表面には、犠牲になった一人ひとりの名前と、生前の特色を表わす5つの言葉やフレーズが刻まれている。天井から水滴がそれらの言葉の上に静かに滴る。
近くには11名のプロフィールが記されたサインパネルも掲示されている。
作者のケン・スミスは、この作品で、空と地上、天国と地球のメタファーとして、天井と床をつなぎ合わせたかったという。

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11 March Memorial for the victims 犠牲者への3・11メモリアル

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「11 March Memorial for the victims」は、マドリードでのテロによる犠牲者191人を弔うメモリアルとして、アトーチャ駅の広場に2007年3月11日完成した。

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重量140トンにもなる15,000個の曲面ガラスブロックが硬化液体アクリルにより接着された楕円形のメモリアル。地下部分はアトーチャ駅につながっており、薄暗い青色に塗装された地下空間からメモリアルに入り、11m、直径8mのシリンダーを通して空を仰ぎ見る仕掛けになっている。ガラスシリンダーの内部には、犠牲者の名前と、会葬者によって駅に残された数百のもの悲しみのメッセージが透明なプラスチックフィルムに刻まれている。太陽の光によってテキストの見え方も変わるのだ。

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夜間には、ガラスシリンダーは内部から開口部に向かってライトが空に静かに放射される。あたかも巨大なランプのように見える。
メモリアルの設計者は、駅から人々がこのメモリアルに入った時に、外部の音を遮断し、あたかもすべてが凍結し時間が止まってしまったよう場をつくりだしたかったという。このサウンドレスの空間が瞑想空間であり、メモリアルの核となっている。
マドリードの一年間の気候の変動は大きく、また風力に耐えうる構造が求められた。厚さ10㎜と12㎜のガラスブロックが用いられ、強化ガラスでありフロート法を用いて極めて高い透過率で製作されている。

11 March-7

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作品を「受け取る」とは?
― 御茶ノ水駅前でのパフォーマンスを終えて ―

御茶ノ水駅前でのパフォーマンスを終えて、準備期間から本番中まで様々なことを感じたが、その中でも特に、作品の「受け取り」とは一体なんなのだろうかと改めて考えさせられた。

多くの通行人が行き交う御茶ノ水駅前広場

多くの通行人が行き交う御茶ノ水駅前広場


会場となった御茶ノ水駅前はいつも多くの通行人で賑わっている。JRやメトロを乗り継ぐ人、出勤する人、待ち合わせている人など、異なる目的を持って道を歩いている。
そこでパフォーマンスをするということは、ギャラリーで作品を展示するのとは違い、「見るつもりではない人」も、「見ることになる」という状況が生まれる。その状況が、作品の「受け取り」にいつも以上の多様性を作り出したように感じた。

まず、今回の作品の概要を説明すると、駅前広場中央にある時計台の上と下に一台ずつスピーカーを設置して、その2つのスピーカーを「ロミオ」と「ジュリエット」に見立てて、パフォーマーは少し離れた場所から「ロミオとジュリエット」の台詞を喋るというものだった。

少し離れた場所からロミオとジュリエットの台詞を喋る

少し離れた場所からロミオとジュリエットの台詞を喋る


当初の目論みとしては、突然聞こえてくるロミオとジュリエットの愛の告白に「軽く苦笑い」してもらえたら嬉しいと考えていた。それは今回のパフォーマンスを卑下して言っているのではなく、駅前を行き交う通行人それぞれが、それぞれに事情を抱えているけれども、その「それぞれさ」を、降り掛かるロミオとジュリエットの愛の掛け合いのアホらしさで「軽く苦笑い」に変えることができたらと考えていたのだ。だがしかし、はじめの予想に反して通行人の反応はもっともっと多様だった。

ヘッドフォンをしていて聞こえていない人
無視して通り過ぎる人
ちらっと顔を向ける人
指をさす人
連れの人と一緒に笑う人
苦々しい表情で立ち去る人
立ち止まって見上げる人
苛立つ人
苦情を訴える人
携帯を使って写真を撮る人
質問してくる人
などなど

上記以外にも、実にたくさん反応のバリエーションが見受けられた。しかし、「笑う」や「写真を撮る」などのポジティブな反応であっても、「苦々しい表情」や「無視する」などネガティブな反応であっても、これらは見て取れる範囲での反応でしかない。
もちろん立ち止まって、興味をもってくれているほうが、嬉しい。この時、作品は鑑賞されているのだろうし、なにより「鑑賞しているように見える」。だからといって、「立ち止まった人」より「写真をとった人」のほうが「より受け取った」のかを考えると、また分からなくなる。「受け取る」とは?「作品をみること」とは?

ちらっと顔を向ける人

ちらっと顔を向ける人


足を止めて指差す人

足を止めて指差す人


立ち止まって見上げる人

立ち止まって見上げる人


会期中、様々な通行人の反応を目にしていると、よりポジティブな反応を引き出せるようなパフォーマンスに心が傾いてしまうときがあった。これは特に、鑑賞者の眼差しを直接受け止めてしまうパフォーマンスという形式だからかもしれないが、「より受け取ったように見える状態」を目指してしまう気持ちが生まれた。しかし、そもそも今回この作品では何を伝えるのか?それは道行く人がみなポジティブな反応をすることなのか?果たして、自分は作品の受け取られ方をどこまで正確に想定していたのだろうか、など通行人の眼差しにさらされることで、はじめて実感する深い反省があった。

作品を作品として成立することを、公共空間というものは保証しない。
コーヒーショップにいる人は、入店した時点からすでに、コーヒーを飲みたいという選択をしているので、コーヒーを売られても困惑しない。しかし、公共空間でコーヒーをいきなり売りつけることは難しいだろう。公共空間で作品を見せることは、同様の難しさがあるように感じる。需要のない場所に供給することの空虚さを感じたり、一方で、純粋な意味で作品というものに需要と供給の関係式が当てはめられるのだろうかという疑問が出て来たりと様々な課題を感じた。

今回の御茶ノ水駅前でのパフォーマンスは、ギャラリーという場所としての保証や、見たいので来ているという積極性の保証のない、吹きっさらしの状態で多くの新鮮な反応に触れて、深い反省とともに自分自身の制作について見つめ直すとても良い機会になったと思う。

関川航平(グランプリ受賞アーティスト)

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第7回 「Collaboration」を読む (2014年1月10日)
 Education for Socially Engaged Art
 — A Materials and Techniques Handbook —

V  Collaboration 協働 (pp.51〜57) サマリー

SEAにおいてアーティストはプロジェクトの概念的ディレクターであり、コラボレーションのあり方は通常アーティストによって設定される。アーティストと参加者の役割を考える際の重要なポイントはアカウンタビリティと専門性(専門的技術)であり、相互間の説明責任をきちんと認識する必要がある。それには、Pablo Freireの批評教育学が参考になり、それは「知らないことを教えるのではなく、彼ら自身の専門性を発見して、これから彼らが何を知る必要があるかを自身で決めるのを助けること」なのである。
 またテーマや構成について、初めから決められていない枠組みを提供する必要がある。それは、特定のイシューにまつわる新たな視点を生み出すための経験をもたらし、方向付ける枠組みを提供することである。そのためにOpen Space Technology(OST)(集団でのブレインストーミングのひとつの形式)が有効であり、グループの必要性や関心事を理解する上で非常に参考になる。

ディスカッション

  • 海外ではアーティストが主導して活動をはじめることが主流だが、日本の場合、行政や関係団体が枠組みや目的を予め決めてアーティストを招聘するというやり方が多い。
  • この差異よって、アーティスト役割、参加者との関係性が大きな影響をうけるといえるだろう。
  • 海外の場合は明確なイッシューがあり、それに向けて具体的な解決策を探ろうとする活動が多いといえるだろう。
  • グリーンズなどで紹介されている活動との違いは?ソーシャル・デザインとの違いは?
    アートである。

  • 著者はアーティストが主導してコミュニティに入っていく活動と、コミュニティからの要請で入っていっていっしょに考える、コミッションされるケースと両方あると述べている。
  • この場合の双方の説明責任と枠組みのつくり方には当然違いがでてくる。
  • 予め枠組みが規定されてなく、参加者とともに考える、というプロセスにもってゆくことが重要でありそうだ。しかし、実際問題参加者がそこまで能動的に参加する事例は少ないといえるだろう。
  • その意味で批判的教育学、OSTの手法は有効だし、アーティストが一方的にリードするような手法を回避するための考え方として、参考にすべきだろう。
    (モデレーター 清水)

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    第6回 「Conversation」を読む (2013年12月12日)
     Education for Socially Engaged Art
     — A Materials and Techniques Handbook —

    Ⅳ Conversation  会話 (pp.39〜49) サマリー

    SEAでは、目的(たとえば、あるテーマについて共通の理解に到達したり、ある問題について注意喚起したり、特定の問題を議論したり、最終成果を協働で作り上げること)を達成するために、アーティストとコミュニティとの会話が重要になる。会話は、内容の特性と形式の特性の掛け合わせによって、形式張ったレクチャーから日常会話まで、いくつかの類型に分けられる。しかし、多くのSEAアーティストはこういった会話の構造を学ばずに、直感と試行錯誤に基づいて会話を行っていることか多い。プロジェクトの目的を達成するには、アーティストは会話の構造を理解し、また、参加者の問題に対するエンゲイジメントのレベルに応じて、会話を構築する必要がある。
    SEAプロジェクトにおいては、アーティストは功利主義的になったり、父親的温情主義に流れたりするのではなく、コミュニティの利益や関心事に真摯に向き合い、会話の参加者がコンテンツを投入(インベスト)しやすい構造を用意し、アーティストと参加者の交換によって新しい洞察が生まれるような関係を築かなければならない。

    <会話の構造>
    会話概念図

    ディスカッション

     

  • この章は、概念的な内容。会話の構造が図示されており、会話の主宰者はこれを意識すへきだが、SEAにおける具体的な事例があればより分かりやすい。
  • たとえば、会話が目指すゴールは“真実と洞察(truth and insight)”であるというが、どのようなことか。
  • SEAではアーティストがファシリテーターとなって会話をつくり出し、コミュニティの問題に取り組む場合が多いが、これはコミュニティ・デザイナーとどう違うのか。
  • アーティストとコミュニティの間の距離の取り方は? アーティスト・イン・レジデンスなどでは、どちらも不満を感じる場合がある。
  • この本ではSEAのプロセスに焦点を当てて議論しているが、アートとしての評価も重要だ。「なぜアートなのか」という説得力が、特に日本では必要ではないか。
  • SEAでは、ディスカーシブ・モデル、ディスカーシブ・スペースなど「ディスカーシブ(discursive)」という言葉が頻出する。dscursiveは、discourseから派生した言葉で、dialogicまたはconversational(対話型・対話型)と同じような意味で、制約のない(open-ended)会話から何らかの結論・合意に到達しようとするときに使われる。日本語でぴったりした訳がないので、考える必要がある。
    (モデレーター 秋葉)

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    第5回 「Situations」を読む (2013年11月 22日)
     Education for Socially Engaged Art
     — A Materials and Techniques Handbook —

    Ⅲ Situations  状況 (pp.27〜38) サマリー

    ソーシャリー・エンゲイジド・アートが関わるコミュニティにはそれぞれ特有の社会的シナリオがある。その多様性を理解することがプロジェクトを成功に導くカギとなる。本章では、SEAプロジェクトで生じる典型的な状況について、著者は3パターンの架空なシナリオを想定し、プロジェクトを進める際にアーティストが直面するであろう葛藤とその対処について、シナリオごとにあぶり出していく。プロジェクトに対するコミュニティの期待や、アーティストがそれを認識した上で、いかに人びとの認識を変化していくことができるのか、対人関係の分析心理学、社会学の理論を援用しつつ読み解いていく。さらに、 ソーシャル・ワークとSEAの対人関係におけるアプローチの類似点と相違点をあげ、両者を同一化してしまう危険性を指摘しながらも、ソーシャル・ワークの実践からSEAプロジェクトを行う上でアーティストが学ぶべき点を明らかにしていく。

    ディスカッション

    【SEAプロジェクト始まり、成り立ちについて】

  • アーティストが対象コミュニティの課題を見極め、自身のプロジェクトのテーマとして取り組む意思を固める前に、早々とSEAプロジェクトを開始してしまうことは問題ではないか? SEAは何故行われるのか?そもそもその場(コミュニティ)に必要とされているのか熟考すべきなのではないか。
  • アーティスト側の課題として、自身の関心事を優先してプロジェクトを始める事が多く、コミュニティを最終的には利用してしまうケースも見受けられる。

    【コミュニティとの関係】

  • アーティストがコミュニティに寄り添い過ぎることも、乖離し過ぎることも良い結果にはならないだろう。日本におけるアート・プロジェクトは、前者であることが多いのではないか。

    【ソーシャル・ワークとの相違】

  • ソーシャル・ワークはそもそも自己表現を目的としていない。SEAはアートの表現行為であり、自己表現である。時には調和的な結果を求めるのではなく、社会的な批判性を持ち合わせるものだ。
  • 両者には類似点が多くあるが、むしろ違いこそが重要なのではないか?他の研究者や評論家らがSEAの特色をいかに捉えているか今後調査していく必要があるだろう。
    (モデレーター 工藤)

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    「ART×公開空地―都市に介入するアート・コンペティション―」授賞式

    「ART×公開空地―都市に介入するアート・コンペティション―」の授賞式が3月7日、新お茶の水ピルディング3階Cafeteria2&2で開催され、グランプリ、準グランプリ受賞者に審査委員長の瀬川昌輝氏より賞金と記念品が手渡されました。

    グランプリを受賞した関川航平さんと栗原千亜紀さん

    グランプリを受賞した関川航平さんと栗原千亜紀さん

    準グランプリを受賞した岩塚一恵さん

    準グランプリを受賞した岩塚一恵さん

    準グランプリを受賞した小川泰輝さん

    準グランプリを受賞した小川泰輝さん

    授賞式に引き続きプレゼンテーション・トークが開催され、受賞アーティスト4名が、本コンペのテーマであった「本とまち」についての解釈や、御茶ノ水駅前広場の空間をどう捉えたかなどを過去の作品紹介を交えながら発表しました。プレゼンテーション・トークに引き続き交流会が行われ、審査員の先生方からの講評をいただいたりと和やかな雰囲気の中、終了しました。

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