くんくんウォーク – まちと自然と香りを楽しむワークショップ –

誰でもアートを身近に感じられる社会への一歩として、今秋も街中でのアートプログラムを開催いたします。

今年もECOM駿河台を会場に、講師にアーティストの井上尚子さんをお迎えします。お茶の水の街で「くんくんウォーク」を体験できる貴重な機会となります。
ビルの中の庭園で自然の香りを採取しながら歴史と文化のまちへと繰り出します。大人も子供も五感を働かせて楽しめるワークショップで、普段なかなかアートを体験する時間を持てない方も参加しやすい内容です。
*当日は「第11回お茶の水アートピクニック」が開催中、ぜひ合わせてお出かけ下さい。

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概要

場 所:ECOM駿河台2F
    アクセス>http://www.ms-ins.com/company/csr/ecom/access.html
日 程:10月11日(土)・12日(日)
時 間:13:00~16:00 小雨開催
対 象:5歳以上〜(小学生までは親子同伴)
定 員:15名前後(要参加申し込み)
内 容:アーティストを講師に迎えてワークショップ
持ち物:飲み物、小さなおやつ(飴など)、ハンカチ、小雨時の雨具、帽子、虫除けスプレー、ムヒ
その他:歩きやすい靴、服装でご参加下さい
参加費: 無料

主 催:特定非営利活動法人アート&ソサイエティ研究センター
共 催:ECOM駿河台
協 賛:お茶の水茗渓通り会、第11回お茶の水アートピクニック

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当日のスケジュール

12:45 受付開始(ECOM駿河台2F)
13:00 ワークショップ開始、解説、チーム分け
13:35 散策開始
14:50 ECOM駿河台に集合。休憩
15:00 全員でくんくんボトルの嗅ぎ合いっこタイム
15:15 くんくんコレクションレシピ制作
15:45 制作終了/振り返り
16:00 ワークショップ終了

*各自が香りの採取に使う「くんくんボトル」をお持ち帰りいただけます。

お申込み/お問い合せ先

特定非営利活動法人アート&ソサイエティ研究センター
Email: info@art-society.com
件名に「くんくんウォーク参加申し込み」
本文に参加される方全員の①お名前 ②大人か子供(小学生以下)③参加する日付(10月11日もしくは12日)をご記入の上、上記メールアドレスまでお申し込み下さい。

アーティスト プロフィール

Inoue

井上 尚子(いのうえ ひさこ)

1999年女子美術大学大学院美術研究科版画専攻修了。2005年文化庁芸術家在外研修員として1年間NY在住。現在横浜在住。環境、文化、歴史を匂いから楽しむ「くんくんウォーク」を教育機関、美術館、企業,日本全国で開催。2013年、アーティストユニット[MHC224]を嗅覚研究者:白須未香と結成し、図書館の本の香りを楽しむワークショップ「読香」を開発し目黒区美術館、奈良県立図書情報館にて開催。また音風景研究家:岩田茉莉江とアーティストユニット「みみはな」を結成し、イベント「五感れすとらん〜牡鹿半島の旅〜」を一般社団法人つむぎやと共催(協賛:日清製粉)。2014年、埼玉県立近代美術館、神奈川県立青少年センター、真鶴まちなーれ、葛西臨海公園、岡上さとやま+和光大学にてワークショップ開催。現在、女子美術大学非常勤講師。

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モントリオールにおける Socailly Engaged Art

カナダで人口第2位を誇るケベック州モントリオール市は、多くのアーティストやアーティスト志望の人達が集まる、国内でも屈指の芸術の街。市内にはアーティスト・ラン・センターと呼ばれる政府の芸術協議会から助成を受けて運営されている非営利のアートセンターが数多く存在し、近代美術館や現代アート美術館、市営の多目的文化施設・アートギャラリーのネットワークであるMaison de la culture、コマーシャルギャラリー、芸術学部のある大学や美術史を教える大学など、アートに関係した機関が充実している。

モントリオールの町並み 撮影:Gilbert Bochenek

モントリオールの町並み 撮影:Gilbert Bochenek

しかし、残念ながらこれほど芸術の盛んなモントリオールにおいても、Socially Engaged Artになるとちょっと事情が変わってくる。なぜならば「地域住民と共に行う創造活動を通して地域に根付く問題に取り組み、その問題に何らかの変化をもたらすこと」を意味するSocially Engaged Art(以下SEA)というアート実践自体が余り知られていないからだ。その原因のひとつとして「文化と社会の間の橋渡しをすること」という意味合いのCultural Mediationの単なる延長としてSEAが扱われている問題が挙げられるだろう。つまり、市民参加型のプロジェクトを皆一様にCultural Mediationとして扱うことによって、SEAがCultural Mediationの広義の中に埋もれ、実際にどのような実践なのかを広く知らしめる機会を欠いていることだ。

しかしもっと問題なのは、たとえアート関係者の中にSEAに関する知識があったとしても、これ自体を「歴とした現代アートの実践」と言うよりは、「市民活動」もしくは「社会福祉活動」に限りなく近い活動としてしか認識していない人たちが本当に多くいるということだろう。これはSEAプロジェクトの特性とも言える一過性、多様性、日常性、そして地域社会特定型と言った様々な要素と、物質性が少なく記録写真やビデオに頼りがちなSEAの作品展を、観る側に「単なる記録」としてではなく、しっかりとした「作品」だと伝わるような構成にすることの難しさなどの要素が、複雑に絡み合って起こる問題のように思える。

また、美術館のように影響力のある大きなアート機関が、アートと地域の関連性や社会の問題に取り組むプロジェクトや、その作品の発信に消極的だと言うことも、SEAの知名度の低さを助長している要因ではないだろうか。2011年にモントリオールの現代美術館、Musée d’art contemporain de Montréal で開催されたTriennale Québecoise (ケベック・トリエンナーレ)を例にとっても、40組余りの地元アーティストが参加する中で、明確にSEAと呼べなくても地域特定の問題を扱っていた作品は皆無だった。それどころか、政治的または社会的テーマを扱っていた作品すらもごく僅かで、これにはこの展示を観た欧州の一部のアーティスト達からも驚きの声が上がっていたほどだ。勿論、単にこれを企画したキュレーターと主催者側の趣向のせいだと片付ける人もいると思うが、個人的にはこの展示が現在のケベックの主流が社会とその問題との関わりを追求するような作品ではなく、比較的売買のしやすい市場型で物質主体のアートであることを象徴していたような気がした。

さて、背景の解説が大分長くなったが、モントリオールでSEAの活動に積極的な団体をここに2つ紹介したいと思う。先ずは2005年に設立されたC2S Arts et Événementという比較的新しい団体で、小学校でアーティスト・イン・レジデンスを行うプログラムと、ケベック州では初となる、要介護高齢者の長期療養施設で行うアーティスト・イン・レジデンス・プログラムの両方を行っている。基本的には8週間のレジデンス期間中に現場職員の手助けを受けながらアーティストが主導する形で多種多様な参加型プロジェクトが実施される。

2011年冬に地元モントリオールのアーティストChristine BraultがCHSLD Providence Notre-Dame de  Lourdes で行ったアーティスト・イン・レジデンスの様子。色々なワークショップの中でBraultのつくった 様々なお手本を参加者達がマネをするという形で制作が進められた。撮影:Serge Marchetta

2011年冬に地元モントリオールのアーティストChristine BraultがCHSLD Providence Notre-Dame de
Lourdes で行ったアーティスト・イン・レジデンスの様子。色々なワークショップの中でBraultのつくった
様々なお手本を参加者達がマネをするという形で制作が進められた。撮影:Serge Marchetta

レジデンス後は最寄りのMaison de la cultureで結果を発表する機会も与えられるため、オープニングにはプロジェクトの参加者やその家族が多く訪れる。このC2Sの設立者の一人であるSerge Marchetta氏によると、普段ギャラリーに足を運ぶ機会の無い参加者たちの多くが、自分の関わった作品が現代アートギャラリーで展示されることに喜びと誇りを感じていると言う。中にはこれを機に自発的に作品をつくるようになった参加者もいて、80歳にして個展を開きアーティストデビューした高齢者もいるそうだ。

2012年5月にMaison de la culture Maisonneuve で開かれたレジデンスの結果発表展示「Fil de vies...  passages」の様子。プロジェクトに参加した高齢者とChristine Braultによるパフォーマンスも行われた。 撮影:Éric Cimon

2012年5月にMaison de la culture Maisonneuve で開かれたレジデンスの結果発表展示「Fil de vies…
passages」の様子。プロジェクトに参加した高齢者とChristine Braultによるパフォーマンスも行われた。
撮影:Éric Cimon

もう一つ紹介したいのが2001年に設立されたEngrenage Noire/Rouage。社会活動に積極的な地域団体とそのメンバー、そしてアーティストの3つのグループによる長期コラボレーション型のプロジェクトを募り、選ばれたプロジェクトに助成金を出している積極行動主義色の強い独立民間アート機関だ。応募の条件として、「様々な社会問題の解決やその問題に対する市民の意識を変えると言う目的が明確なプロジェクトであること」そして、3つのグループが始めから同等の立場でプロジェクトを立ち上げ、全ての進行を全員の総意に基づいて決めていく、「完全な共同制作プロジェクトであること」などを挙げている。運良く選ばれたあかつきには、3つのグループが全員参加する必修の講習会が2日間にわたって開かれ、共同制作中に起こりうる色々な問題やそれらをどう解決していくか等を学ぶことになる。プロジェクトが行われる約1年の期間中、この3つのグループの全員が参加する話し合いの席が月に一度設けられ、進行状況や問題点等が話し合われる。これらの過程を経て、公共の場で社会活動的パフォーマンス等を計画していく。

2014年5月に開かれたワークショップの様子。撮影:Johanne Chagnon

2014年5月に開かれたワークショップの様子。撮影:Johanne Chagnon

ComitéŽ d’éŽducation aux adultes de la Petite-Bourgogne et de Saint-Henri (CÉDA) と言う成人教育を手助けす る地域団体の「識字プロジェクト」の一環として行われた、字の読み書きの出来ない大人に社会でもっと発言す る場をつくり、市民の理解を深めてもらおうと言う試み (2012-2013)。 撮影:CÉDA – secteur alphabétisation populaire

ComitéŽ d’éŽducation aux adultes de la Petite-Bourgogne et de Saint-Henri (CÉDA) と言う成人教育を手助けす
る地域団体の「識字プロジェクト」の一環として行われた。字の読み書きの出来ない大人に社会でもっと発言す
る場をつくり、市民の理解を深めてもらおうと言う試み (2012-2013)。
撮影:CÉDA – secteur alphabétisation populaire


Le Collectif Au pied du murというアーティスト・コレクティブとLe Carrefour d’éducation populaire de Pointe-Saint-Charles という市民団体によるPointe-Saint-Charles 地域再生のための巨大壁画プロジェクト(2012-2013)。 全長80メートルにも及ぶ壁に絵を描いた。撮影:Sandra Lesage(左)、le Collectif Au pied du mur(右)

Le Collectif Au pied du murというアーティスト・コレクティブとLe Carrefour d’éducation populaire de Pointe-Saint-Charles という市民団体によるPointe-Saint-Charles 地域再生のための巨大壁画プロジェクト(2012-2013)。全長80メートルにも及ぶ壁に絵を描いた。撮影:Sandra Lesage(左)、le Collectif Au pied du mur(右)

ここに紹介した団体のようにSEAの活動を行っている団体は幾つかあるものの、現在の状況を見るかぎり、決してモントリオールでSEAに追い風が吹いているとは言い難い。この町でSEAがこれからもっと広く受け入れられ、発達・発展していく為には、これを実践している若手のアーティスト達がもっと積極的に活動の場を広げ、道を切り開いて行かなければならないのは確かだ。

(文:畑山理沙)

畑山理沙(Risa Hatayama)
1997年にカナダに渡り、カルガリーのSouthern Alberta Institute of Technologyで映画制作を学ぶ。2002年にモントリオールに移り Concordia Universityで写真を専攻。2005年の大学卒業後から本格的に画像ベースのインスタレーション制作を中心にアーティスト活動を始める。しかし実祖父の長期にわたる闘病生活がきっかけで2009年頃から高齢化社会におけるアートとアーティストの役割について考え始めるようになり、以降、老いをテーマにした作品や高齢者参加型のプロジェクトを制作し始める。2014年夏にUniversité du Québec à Montréalで Socially Engaged Artと高齢者をテーマにした研究論文・制作で修士を取得。2014年秋にはC2S Arts et Événement の高齢者施設でのレジデンスに参加予定。

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Emscher Kunst (エムシャー・アート)
再生を体感し議論する場としてのアート・イベント

現在のエムシャー川流域 (ガスタンク屋上より)

現在のエムシャー川流域 (ガスタンク屋上より)


 ドイツ、ルール工業地帯の再生は、ポスト工業時代の新たな生活の場や質を求めて、社会全体の構造転換をめざす世界最大規模の地域再生プロジェクトであり、同様の課題をもつ世界中の注目を集めてきた。
 なかでも急激に衰退し深刻な環境問題が残された北部のエムシャー川流域が、ここ20年あまりで先進的な文化の中心へと変革され大きな関心を集めている。それは閉鎖された産業遺構を貴重な地域資源として評価、保存し、新たなアートを生み出す場や創造産業などのための場として活用し、ネットワークして芸術文化活動の一大拠点を形成しようとする戦略によるものだ。現在、産業遺産群と、地域にインスパイアーされた新たなアート作品群は、サイクリングロードや遊歩道で結ばれ、一帯は広大なグリーンベルトへと変身している。その長さ80キロ、幅15キロに及ぶ「エムシャー・パーク」を舞台にEmscher Kunst 2013や多彩な文化イベントが開催された。ひとびとは自転車で多くの文化施設や点在するアートワークをまわり、自然や社会の環境がダイナミックに変化しつつあることを体感し、そのプロセスにアートがどのように介入しているのかを直に見つめることになる。この機会に筆者も40km近いツーリングにチャレンジしてアートとアスレティックの両方を体験してきた(汗)。

ルール工業地帯 ヒストリーと新たなゴール

工業時代のエムシャー地帯 (ガスタンクが見える)

工業時代のエムシャー地帯 (ガスタンクが見える)


 かつて世界最大の石炭、鉄鋼業が集積し、ドイツの重工業と戦後の復興を支えたルール工業地帯は1970年代には急激な衰退がはじまり、人口流出と深刻な不況に苦しむことになった。残されたのは石炭採掘によって露出した大地、石炭と鉄くずが山と積まれたボタ山、カドミウム汚染のためオレンジ色になってしまった川など自然環境への壊滅的な影響と、煤けたイメージの閉鎖された工場と多数の失業者だった。この地域を再びひとびとが豊かに住むことができる場所へ、どうしたら再生できるのか?1980年代後半より、ポスト工業時代における環境再生の壮大な実験プロジェクトがはじまった。
 それは単なる自然再生のプロジェクトではない。社会、産業、都市環境、文化を含む総合的な再生と持続可能なモデルが追求されたのだ。最も重視されたのは一度失った地域の誇りと文化的アイディンティティを取り戻すというゴール。そのためには生態系や経済の基盤が整っているのは当然であるが、地域に根付く固有性とともに新たな文化、芸術のファクターもなければひとびとからの支持も得られない、それを住民とともに実現するというチャレンジングなプロセスとなった。

IBA Emscher Park そのアプローチと成果

 この実現のために導入されたのが「国際建築展覧会(Internationale Bauaustellung Emscher Park、以下IBA)」である。これは、1989-99年の10年期限で、ノルドライン=ヴェストファーレン州が主導して、エムシャー川流域(対象地域は面積約800平方キロ、17の地方自治体の総人口200万人)の各自治体と協働する有限会社形式の民間組織である。この組織名としては聞き慣れない「国際建築展覧会」は、ドイツでは(ヨーロッパの一部でも)伝統的に記念性の高い建設事業や街路の整備のために国際建築コンペを通じて超一流のプランを実現してきた手法であるが、エムシャー川流域ではその任務が環境再生全般を担うまで拡大され組織化されたのである。
 IBAは地域内の緑地と水系の保存と回復、再生、雇用の拡大、住環境という基盤整備に加え、質の高い文化的ストックを形成するために地域に既にある資源=工業時代の記憶である産業遺構の蘇生と新たな創造活動の創出という困難な課題に立ち向った。短期的には破壊した方が経済的な巨大な工場を、文化不毛の時代の遺物として否定するのではなく、長期的な戦略により創造性を刺激する空間へとコンバートし、21世紀型の産業への移行をめざすこと。それは工業時代の軌跡、記憶をポジティブに再評価し、再ブランド化する道のりでもある。しかも、工場の保存や環境改善のプランはIBAによって住民に逐次情報共有され議論を深めるプロセスとなってきたという。

 このIBAの成果は、2001年エッセン市の関税同盟(ツォルフェライン、Zoll Verein)

現在の関税同盟(Zoll Verein)エッセン市

現在の関税同盟(Zoll Verein)エッセン市

がそのバウハウス時代の粋を集めた立て坑施設群によってユネスコ世界文化遺産に登録され、現在では1000人以上が働くデザイン系、エンターテインメント系ビジネスの一大集積地となっている。エムシャー域内の他の各自治体でも産業遺産の保存に関しては賛否両論の議論を続けられたが、各自分たちの地域のランドマークを競って保存しようとする機運が盛り上がり、ゲルゼンキルヒェン製鉄所跡地、ノルデンステンパーク、ディイスブルグ北景観公園、オーバーハウゼンのガソメーター、ハンザ同盟、ボーフム、ヤールフンダートハレなどの多くの産業遺産が次々とオルタナティヴな文化、デザイン施設として改修され、地域全体としてのシナジー効果を生み出し、交流人口は以前より3割増となっているという。
 2000年代初めより、多くの都市がクリエイティブ・シティのコンセプトを追求し、目玉としての新規文化施設を建設したが、長期的にみてうまくいっている事例は少ない。一方で、エムシャーパークのように既存の地域資源を活かす手法はヨーロッパにおける産業遺産活用のモデルとして各地の環境再生やまちづくりに多大な影響を与えてきた。日本でも元炭鉱のまちが疲弊した事例は数限りない。建築の素材、環境条件などでこの手法をそのまま参考にはできないが、より積極的な保存や明確な意図をもった活用が検討できないだろうか。
 1999年のIBA 終了後、この事業はプロジェクト・ルール会社に引き継がれ、ルール自治体連合との連係で、土壌や水質などの環境的課題や新旧住民間のギャップなどの社会的課題などに対するチャレンジが2020年まで継続される予定である。

Emscher Kunst 2013 建設の場から議論の場へ

 これらエムシャー・パークでの取り組みが中心に評価され、2010年にはルール地方が欧州文化首都に選ばれ、一年間にわたり産業遺産や周辺の公園、河川流域を使った多くの文化イベント「ルール2010」が繰り広げられた。そのスローガンは「文化による変革 変革による文化(Change through Culture – Culture through Change)」。これはIBAによる再生事業以来一貫したテーマである。それは、「文化によって地域に変革をもたらすこと、同時にその変化のプロセスとともに文化自体にも革新をもたらす」という意味であり、そのイノヴェーションが蓄積されてゆくというポジティブなサイクルともとらえられるだろう。
 実際に1990年代初頭から展開されてきたアートのアプローチはエムシャー川流域の再生とともに変化し深化してきた。1989-99年のIBA時代は産業遺産の保存を含めたハード中心に整備された時代であり、アートも工業時代を記念し場所性を象徴するモニュメンタルな、いわゆる「ランドマーク・アート」を設置することが主流だった。例えば、展望スペースとして保存されたぼた山にモニュメンタルな作品(Richard Serra Bramme for the Ruhr District, Essen,1998やHerman Prigann Stairway to Heaven, Reinelbe Mining, Gelsenkirchen, 1999)を設置したり、展望台そのものとして最も有名なランドマーク作品(建築家Wolfgang Christ, Tetraeder, Bottrop, 1995や工場跡のためのライティングアートを設置するなど、広大なランドスケープに工業時代の人跡、マーク、サインをつけるようなアプローチが主流だった。

Richard Serra Bramme for the Ruhr District, Essen,1998

Richard Serra Bramme for the Ruhr District, Essen,1998

Wolfgang Christ, Tetraeder, Bottrop, 1995

Wolfgang Christ, Tetraeder, Bottrop, 1995


 これに対して、「ルール2010」における取り組みはハードからソフトへ、建設の場から議論の場へと変化してきた。その中心的なイベント「Emscher Kunst(エムシャー・アート)」のキュレーター、Florian Matznerはその目的について、「明確な目的のない一貫性のない、単なる野外のアート展ではない。環境を考える議論の場、未来のためのワークショップ、ルール地域北部の新たなアイディア、考え方、新しい見方が生み出される場所、地域のため、地域とともに実現し議論する場」をめざしでいると語っている。なんでもありのアートのお祭りではない、現実にダイナミックな再生事業が起こっている地域で身近なエコロジーや社会の課題を問いかけ議論の場とするイベントだということだ。この明確な意図をもったポストIBAのアプローチは、各地で数多くのビエンナーレ、トリエンナーレが開催され、アート活動がますます社会や地域との関わりを深めている現在の潮流のなかで、特筆すべきものだろう。
 初回のEmscher Kunst 2010のメイン会場はエムシャー・アイランド (エムシャー川の中洲)に限定され、川俣正の8人の作家によるプロジェクトが展開され、工業時代の強烈な風景や建築をつなぐ新たなランドスケープを提案することがテーマとされた。
 2013年にはゲルゼンキルヘンからオーバーハウゼン、デュイスブルグ、ディンスラーケンにいたるエムシャー川流域を結ぶ80kmにわたるサイクリングロード沿いに2010年からの継続プロジェクトも含めて30人(組)のアーティストによるプロジェクトが展開された。(主催:Urbane Kunsts Ruhr及びEmschergenossenschaft、会期:6/6-10/6/2013、部分的にパーマネント作品となる)

Emscher Kunst 2013 作品のなかから

Ai Weiwei Out of Enlightment
自身がデザインしたテントを貸し出し、ビジターがエムシャーパーク内で自由にキャンプできる、生活をしてみる作品で、地域住民や来場者が身近なランドスケープにかかわるというヒューマン・スケールの体験をうながす参加型のアプローチである。この地域が工場跡地ではなく、普通に生活して、仕事をして、余暇を楽しみ、リラックスし、遊ぶ場所になるという、これまでのコンテキストやマインドを変化させようとしている。

Ai Weiwei  Out of Enlightment 2013

Ai Weiwei Out of Enlightment 2013

Mark Dion Society of Amateur Ornithologists (アマチュア・バード・ウォッチング協会)
発電所からの煙が立ち上る風景をバックにバード・ウォッチングのための施設を設置した作品。工業用のガスタンクを活用した巨大パイプ、潜水艇のような形をしており、形側面と屋上には観察のための窓や展望台がある。そして中にはいってみるとそこには外形とは全く違う空間、バード・ウォッチング愛好家の古めかしい部屋が再現されている。身近な環境の変化を監視、観察しつつ、歴史的な環境の変遷に想いを馳せる作品。(2010年よりサイトを移動して継続)

Mark Dion  Society of Amateur Ornithologists  2010- Photo: Roman Mensing/EMSCHERKUNST.

Mark Dion  Society of Amateur Ornithologists 2010-
Photo: Roman Mensing/EMSCHERKUNST.

Marjectica Potrc & Ooze Architect Between the Waters The Emscher Community
カドミウムの汚染がまだ完全に除去されないエムシャー川から水を引き植物の浄化作用でリサイクル可能な水にする、浄化装置をカラフルに視覚化した作品。学生ボランティアによるオペレーションで実際にリサイクルされた水を使ったトイレにもなっており、ツーリング途中の休憩所ともなっている。(2010年より継続)

Marjectica Potrc & Ooze Architect  Between the Waters  The Emscher Community 2010-

Marjectica Potrc & Ooze Architect Between the Waters The Emscher Community 2010-

Tue Greenfort Clarification
高度浄水の管理施設に水問題について議論するための場所をつくった作品、中には水についての情報交換と会議室、実験施設、ビデオのコーナーなどがあり、アーティストや専門の大学生が白衣姿でシリアスに実験したり、ミーティング、ワークショップをおこない実際の議論の場となった。

Tue Greenfort Clarification  photo: Roman Mensing/EMSCHERKUNST. 2013

Tue Greenfort Clarification  photo: Roman Mensing/EMSCHERKUNST. 2013

Inges Idee Zauberlehrling (魔法使いの弟子)

Inges Idee Zauberlehrling 2013-

Inges Idee Zauberlehrling 2013-

ぐにゃりと曲がり、ダンスを踊っているようにして立つ、送電塔(実際の電気は通っていない)。
オーバーハウゼンのビジターセンター   photo: Roman Mensing/EMSCHERKUNST. 2013

オーバーハウゼンのビジターセンター photo: Roman Mensing/EMSCHERKUNST. 2013

タイトルはゲーテのバラードによる≪魔法使いの弟子≫、見習い中の弟子が魔法のコントロールを失い、修羅場となるお話。ユーモア溢れるフォルムに思わずニヤリとするが、実は原発のコントロール不能を象徴するこわい作品ともいわれている。
 このほかにもビジターセンターは地域環境に関する情報提供、参加型のコミュニケーションをうながすワークショップや議論の場、周辺大学の環境系の学生による教育プログラムの場となっている。

Chiristo Big Air Package

Chiristo Big Air Package  ガスタンクの外観

Chiristo  Big Air Package ガスタンクの外観

Chiristo  Big Air Package  ガスタンクの内部と布製作品

Chiristo  Big Air Package  ガスタンクの内部と布製作品

このプロジェクトはEmscher Kunstには直接含まれていないが、関連のアート・イベントとして開催され、大人気となったもの(会期:3/16-12/30/2014)。1928/29年に建造され、オーバーハウゼン市で保存活用されている旧ガソメーター(ガスタンク)のためのプロジェクト。約35階建にもなる建物内部にタンクと同じ形の巨大な布製風船を設置、人はその中に入ることができる。
Big Air Package  作品内部の鑑賞者たち

Big Air Package  作品内部の鑑賞者たち

その空間は高さ90メートルのカテドラル内部のようで同心円の光の束に包まれているようだ。日常の音から遮断され、光と静寂に包まれた空間のなかで、立ちすくんだり寝そべったりしつつガスタンクだった空間のなかで思いっきり呼吸できるという不思議な感覚に包まれる。最後に、外側のエレベーターでガスタンクの屋上にのぼり、旧ガソメーター周辺やエムシャー川流域をはるかに見渡すことができる。そこにあるのはブラウンフィールドから劇的に変化した緑豊かな風景、青い空とさわやかな空気なのだ。ガスタンクで空気を包むというユニークな形で、産業遺産が新たなアートや意味を生み出すサイクルの基点となっていること、そして周辺環境の変化を体感し対話する場となることを感じさせてくれる。

 これらの作品はエコロジーや環境問題に対して明確な意識を持ちつつ、決して押しつけがましい非難やお説教がましいポーズをとっていない。むしろ心をくすぐるようなユーモアと日常的なルーティンをチクッと突っつくような態度である。まずは身近に見て感じること、課題に気づき見える化すること。そんなアーティストの問いかけから環境変化についての議論が自然とオープンなものになるようだ。しかも、鑑賞者は自転車というエコな人力移動を通してエムシャー川流域の再生をゆっくりと体感し、地域やその資源、遺産を眺めつつ、アートと対面し対話することができる。このすべての体験がさわやかな達成感とともに記憶の深く刻まれ、アートによる議論が拡がってゆくことだろう。
 このEmscher Kunstはトリエンナーレ形式で、エムシャー川流域の再生計画が完了する2020年まで続く予定であり、このオープンエンドな自由な議論がどのように続けられるのか、そして文化による今後の取り組みがどのように成長してゆくのか、期待をもって見守ってゆきたい。

Emscher Kunst Website: http://www.emscherkunst.de/home.html?L=1
参考文献:ed. Florian Matzner, Lukas Crepaz, Karola Geiss-Netthofel, Jochen Stemplewski, Emscher Kunst 2013, HATJE CANZ, 2013

(文:Hiroko Shimizu)

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作品を「受け取る」とは?
― 御茶ノ水駅前でのパフォーマンスを終えて ―

御茶ノ水駅前でのパフォーマンスを終えて、準備期間から本番中まで様々なことを感じたが、その中でも特に、作品の「受け取り」とは一体なんなのだろうかと改めて考えさせられた。

多くの通行人が行き交う御茶ノ水駅前広場

多くの通行人が行き交う御茶ノ水駅前広場


会場となった御茶ノ水駅前はいつも多くの通行人で賑わっている。JRやメトロを乗り継ぐ人、出勤する人、待ち合わせている人など、異なる目的を持って道を歩いている。
そこでパフォーマンスをするということは、ギャラリーで作品を展示するのとは違い、「見るつもりではない人」も、「見ることになる」という状況が生まれる。その状況が、作品の「受け取り」にいつも以上の多様性を作り出したように感じた。

まず、今回の作品の概要を説明すると、駅前広場中央にある時計台の上と下に一台ずつスピーカーを設置して、その2つのスピーカーを「ロミオ」と「ジュリエット」に見立てて、パフォーマーは少し離れた場所から「ロミオとジュリエット」の台詞を喋るというものだった。

少し離れた場所からロミオとジュリエットの台詞を喋る

少し離れた場所からロミオとジュリエットの台詞を喋る


当初の目論みとしては、突然聞こえてくるロミオとジュリエットの愛の告白に「軽く苦笑い」してもらえたら嬉しいと考えていた。それは今回のパフォーマンスを卑下して言っているのではなく、駅前を行き交う通行人それぞれが、それぞれに事情を抱えているけれども、その「それぞれさ」を、降り掛かるロミオとジュリエットの愛の掛け合いのアホらしさで「軽く苦笑い」に変えることができたらと考えていたのだ。だがしかし、はじめの予想に反して通行人の反応はもっともっと多様だった。

ヘッドフォンをしていて聞こえていない人
無視して通り過ぎる人
ちらっと顔を向ける人
指をさす人
連れの人と一緒に笑う人
苦々しい表情で立ち去る人
立ち止まって見上げる人
苛立つ人
苦情を訴える人
携帯を使って写真を撮る人
質問してくる人
などなど

上記以外にも、実にたくさん反応のバリエーションが見受けられた。しかし、「笑う」や「写真を撮る」などのポジティブな反応であっても、「苦々しい表情」や「無視する」などネガティブな反応であっても、これらは見て取れる範囲での反応でしかない。
もちろん立ち止まって、興味をもってくれているほうが、嬉しい。この時、作品は鑑賞されているのだろうし、なにより「鑑賞しているように見える」。だからといって、「立ち止まった人」より「写真をとった人」のほうが「より受け取った」のかを考えると、また分からなくなる。「受け取る」とは?「作品をみること」とは?

ちらっと顔を向ける人

ちらっと顔を向ける人


足を止めて指差す人

足を止めて指差す人


立ち止まって見上げる人

立ち止まって見上げる人


会期中、様々な通行人の反応を目にしていると、よりポジティブな反応を引き出せるようなパフォーマンスに心が傾いてしまうときがあった。これは特に、鑑賞者の眼差しを直接受け止めてしまうパフォーマンスという形式だからかもしれないが、「より受け取ったように見える状態」を目指してしまう気持ちが生まれた。しかし、そもそも今回この作品では何を伝えるのか?それは道行く人がみなポジティブな反応をすることなのか?果たして、自分は作品の受け取られ方をどこまで正確に想定していたのだろうか、など通行人の眼差しにさらされることで、はじめて実感する深い反省があった。

作品を作品として成立することを、公共空間というものは保証しない。
コーヒーショップにいる人は、入店した時点からすでに、コーヒーを飲みたいという選択をしているので、コーヒーを売られても困惑しない。しかし、公共空間でコーヒーをいきなり売りつけることは難しいだろう。公共空間で作品を見せることは、同様の難しさがあるように感じる。需要のない場所に供給することの空虚さを感じたり、一方で、純粋な意味で作品というものに需要と供給の関係式が当てはめられるのだろうかという疑問が出て来たりと様々な課題を感じた。

今回の御茶ノ水駅前でのパフォーマンスは、ギャラリーという場所としての保証や、見たいので来ているという積極性の保証のない、吹きっさらしの状態で多くの新鮮な反応に触れて、深い反省とともに自分自身の制作について見つめ直すとても良い機会になったと思う。

関川航平(グランプリ受賞アーティスト)

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ART × 公開空地 ― 都市に介入するアート・コンペティション ―
グランプリ受賞作品の発表とアーティス・トーク開催のご案内

『ART×公開空地 – 都市に介入するアート・コンペティション – 』では、グランプリ作品の展示場所にあたる御茶ノ水の特色を反映した「本とまち」をテーマに、作品を募集しました。多数の応募作品の中から、関川航平と栗原千亜紀によるパフォーマンス『駅前ラブストーリー ロミオとジュリエット編』がグランプリを受賞。都市の貴重なオープンスペースである“公開空地”に光をあてた若手アーティストの作品を発表します。
また、初日にはグランプリ、準グランプリを受賞したアーティストによるプレゼンテーション・トークを開催いたします。


グランプリ受賞作品の発表(パフォーマンスの上演)


日時:2014年3月7日(金)~3月11日(火)の5日間  
   11:00~16:30(7日は17:00まで)
場所:御茶ノ水駅(聖橋口)前広場

雨天中止/小雨は行う場合があります/予定変更の場合は本ページでお知らせいたします/上演時間内に休憩を何度か挟みます

『駅前ラブストーリー~ロミオとジュリエット編~』
御茶ノ水駅前はオフィス街ということもあって通行人が多く、そのほとんどが会話もなくただすれちがうだけです。そんな御茶ノ水駅前の日常に無理やり「ラブストーリー」を重ねたらどうなるか?通行する人々に『ロミオとジュリエット』の台詞をリアルタイムでアテレコ(動きにあわせて音声をふきこむ)することで、通行する人々を次々にロミオにする。無理やり駅前の空間を『ロミオとジュリエット』として「読む」ことでささやかな関係性の変化を生みたいと考えます。3月7日から11日までの5日間、御茶ノ水駅前広場で無理やり『ロミオとジュリエット』を上演!?します。

公開空地フライヤー表web用

クラウドファンディングサイト「Motion Gallery」にアーティストがファンディングページを開設しています。アーティストへのご支援・ご協力をよろしくお願いいたします。
https://motion-gallery.net/projects/ekimaelove

フライヤーPDFダウンロードはこちらから (2.2 MB)


アーティストによるプレゼンテーション・トーク


日時:2014年3月7日(金)18:30~19:30 (授賞式18:00~ )
場所:新お茶の水ビルディング3階 Cafeteria 2&2 参加費:無料

※アーティスト・トーク終了後に交流会を予定しています。参加費:1000円

グランプリと準グランプリ受賞アーティストによるプレゼンテーション・トークを開催いたします。テーマである「本とまち」をどのように解釈したか、御茶ノ水駅前の公開空地をどう捉えたかなど、自作について語っていただきます。

グランプリ受賞アーティストプロフィール

関川航平(せきがわ こうへい)
筑波大学芸術専門学群特別カリキュラム版画コース卒業/千代田芸術祭 2013パフォーマンス部門「おどりのば」参加/TERATOTERA祭り2013@西荻窪 TEMPO de ART参加横浜ダンスコレクションEX2014 新人振付家部門出場/無作為であることはどのようにして可能かをテーマに、インスタレーション・パフォーマンスなど。ジャンルを問わず制作している    http://ksekigawa0528.wix.com/sekigawa-works

栗原千亜紀(くりはら ちあき)
玉川大学芸術学部ビジュアル・アーツ学科卒業/千代田芸術祭「3331EXPO」パフォーマンス部門「おどりのば」など参加/RAFT 「ICiT Dance Salon in RAFT_6 10 minutes」参加/RAFT 「ICiT ダンス 10 minutes アンコール+」参加

準グランプリ受賞アーティストプロフィール 

岩塚一恵(いわつか かずえ)
筑波大学大学院人間総合科学研究科芸術学専攻 博士前期課程 修了/神戸ビエンナーレ2011高架下アートプロジェクト 入賞/神戸ビエンナー2011レジデンス/ ART KAMEYAMA 2011 入選/大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレ2009 レジデンス

酒井亮憲(さかい あきのり)
東京芸術大学大学院美術研究科博士後期過程 単位取得退学/studio[42] 主宰/Stuttgart芸術大学 州財団奨学金留学/財団法人吉岡文庫育英会奨学金/ドイツ Baden-Württemberg州奨学金

小川泰輝(おがわ ひろき)
東北大学大学院工学研究科 助手/「青葉山レインガーデン」SDレビュー2011入選/2012年度グッドデザイン賞受賞/「Sendai OASIS」5th International Architecture Biennale Rotterdam Exhibition 『Smart Cities – Parallel Cases 2』 Winner

※公募作品の展示をECOM駿河台にて3月3日(月)〜3月7日(金)開催中です。
特別賞は市民投票により『にーてんご』(横山千夏+江町美月)に決定しました。
投票にご協力いただき、誠にありがとうございました。

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2013:Art & Society 連続トーク・イベントVol.3のお知らせ

ストリート・アート(グラフィティ)は、一方で、アクティビズムと結びついた社会的メッセージとして、また一方で、ヒップ・ホップ・カルチャーと結びついた自己表現として、世界各地に広がり、さまざまなかたちで出現しています。
中でもラテン・アメリカは、今もっとも革新的なストリート・アートが生まれている地域と言われています。今回、日本ではあまり知られていない、南米コロンビアの首都ボゴタのストリート・アートを紹介します。

0830 連続トークNo.3

『都市空間を覆い尽くすストリート・アート~南米・ボゴタの街を歩いて~』
トーク 秋葉美知子(NPO法人アート&ソサイエティ研究センター研究員)
2013年10月11日(金)19:00-21:00 
会場:3331アーツチヨダB1階 準備室

定員:15名(先着順)参加費無料
お申込み&お問合せ先:info@art-society.com

ボゴタのストリート・アートを紹介したレポートも是非ご覧ください。
http://www.art-society.com/report/20130826.html

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街を彩り、突き刺すビジュアル・パワー
南米コロンビアの首都ボゴタのストリート・アート

6月末、筆者は、芸術文化マネジメント関連の国際学会に参加するため南米コロンビアの首都、ボゴタを訪れた。コロンビアというと、麻薬マフィアや反政府ゲリラが暗躍する危険な国という印象があるかもしれない。確かにボゴタの街には、犬を連れた警官や機関銃を持った兵士、民間の警備員などが数多くいて、常に警戒態勢という感じだが、ウリベ前大統領(2002~2010在任)が治安対策に重点的に取り組んだ結果,殺人や誘拐の件数は大きく減少しているという。740万の人口を擁するラテンアメリカで6番目の大都市ボゴタ。その中心部には、活気に溢れたストリート文化があった。

①日曜日の歩行者天国。フードから雑貨、アクセサリー、本、携帯電話まで、あらゆるものが露店で売られている

①日曜日の歩行者天国。フードから雑貨、アクセサリー、本、携帯電話まで、あらゆるものが露店で売られている

 サンパウロやブエノスアイレス、サンティアゴなど、ラテンアメリカの大都市は今、ストリート・アートのメッカとして注目されている。ボゴタもその例に漏れず、「Bogotagraffiti」と画像検索してみると、色鮮やかで強烈な個性を放つ作品群が目に飛び込んでくる。幹線道路のコンクリート擁壁から街中のブロック塀やシャッター、道路標識の裏まで、あらゆる「余白」が、ストリート・アーティストたちの表現の場になっているのだ。

②幹線道路沿いのコンクリート壁には、たいていこのようなグラフィティが描かれている

②幹線道路沿いのコンクリート壁には、たいていこのようなグラフィティが描かれている

そんなボゴタのストリート・アート・シーンを見聞できる「Bogota’s Graffiti & Street ArtTour」に参加した。このツアーは、自身もクリスプ
(Crisp)の名で壁画制作をしているオーストラリア人のアーティスト、クリスチャン・ピーターセンがプライベートに週3回行っている隠れた人気企画で、トリップ・アドバイザーの「ボゴタのアクティビティ」では第3位にランクされているほどだ。ウェブサイトで参加日と名前・メールアドレスを登録し、当日集合場所に行けばよく、料金は基本無料で終了時に適当な額を寄付するという、とても気軽な3時間弱のウォーキングツアーだった(筆者は15ドル寄付)。

壁面に現れたビジュアル表現としてのストリート・アートを見るとき、ロゴや単純なキャラクターをスプレーペイントで描くグラフィティ・タイプのものと、多様な技法を使ってより絵画的に表現するミューラル(壁画)タイプのものがあることに気づく。前者はヒップ・ホップ・カルチャーと結びついた若者の自己表現として、後者はアクティビズムやコミュニティ運動と結びついた社会的メッセージ、あるいは都市環境改善の手段として、それぞれ別の発展史をたどってきている。ボゴタでは、両方の流れの影響を受け、ワイルドスタイルのグラフィティから社会問題を戯画化した作品、さらに純粋に楽しさや美を追究する絵画的ミューラルまでが併存・融合しているところに特徴がある。また、「ボゴタは世界一グラフィティに寛容な都市」とクリスチャンが言うように、市民の理解があり、警察も厳しく取り締まることがないことから、時間をかけて丁寧に描き込まれた作品が多い(それでも1作品を1 日か2日で仕上げるそうだが)。個性的なスタイルをもつ人気アーティストが何人(組)もいて、彼らの作品があちこちで見られることからも、ストリート・アートがボゴタの街を彩る重要なエレメントになっていることがわかる。

③グラフィティ・タイプのストリート・アート。MICOのサインが見えるが、地下鉄ペインティングのパイオニアとして知られる彼は、1969年にニューヨークに移住したコロンビア人である。これはMICOがコロンビアに凱旋して、地元のアーティストとコラボレートしたときのもの(“neon”は上から新しく書かれたものでMICOのライティングではない)

③グラフィティ・タイプのストリート・アート。MICOのサインが見えるが、地下鉄ペインティングのパイオニアとして知られる彼は、1969年にニューヨークに移住したコロンビア人である。これはMICOがコロンビアに凱旋して、地元のアーティストとコラボレートしたときのもの(“neon”は上から新しく書かれたものでMICOのライティングではない)

今、ボゴタで最も精力的に活動しているアーティストは、Guache(グワッシュ)、DjLu(ディージェー・ルー)、Toxicómano(トキシコマノ=麻薬中毒者)、Lesivo(レシボ=有害な)の4人だろう。ストリートに視覚的かつ政治的・社会的なインパクトを与えることを目的に、それぞれ個人で、あるいはBogota Street Artというコレクティブとして、一目で「あ、これは○○だ」とわかるメッセージ性の強い作品を描き続けている。また、作品集を自費出版したり、ストリート・アートをテーマとしたトークセッションを行うなど、ストリート文化のオピニオン・リーダーの役割も果たしているようだ。写真④から⑦は、彼ら4人が一つの壁で合作した作品である。

④格差社会を風刺しGuacheの作品

④格差社会を風刺しGuacheの作品


⑤“ボゴタのバンクシー”と言われるDjLuのステンシル。彼は、建築家・写真家で、大学で教鞭も執っている。「ストリートを単に移動の経路ではなく、今起こっている何かに気づく場にしたい」という彼の、パイナップル爆弾や機関銃をモチーフにした反戦ピクトグラムは、街の至る所でで発見できる

⑤“ボゴタのバンクシー”と言われるDjLuのステンシル。彼は、建築家・写真家で、大学で教鞭も執っている。「ストリートを単に移動の経路ではなく、今起こっている何かに気づく場にしたい」という彼の、パイナップル爆弾や機関銃をモチーフにした反戦ピクトグラムは、街の至る所でで発見できる


⑥Toxicomanoはコンシューマリズムや支配階級を批判する作品で知られている。モヒカン頭の「エディ」は、資本主義社会からのはぐれ者キャラクター

⑥Toxicomanoはコンシューマリズムや支配階級を批判する作品で知られている。モヒカン頭の「エディ」は、資本主義社会からのはぐれ者キャラクター


⑦資本主義の搾取と富裕層の退廃を風刺するLesivo。右下の王冠をかぶったキャラクターは、ウリベ前大統領のカリカチュアらしい

⑦資本主義の搾取と富裕層の退廃を風刺するLesivo。右下の王冠をかぶったキャラクターは、ウリベ前大統領のカリカチュアらしい

女性のグラフィティ・アーティストも多数活動しており、最も知られているのがBastardilla(スペイン語で“イタリック”の意)という覆面ミューラリストだ。自身の経験から、レイプ、DV、フェミニズム、貧困などをテーマに、力強い色彩とタッチで描いている。

⑧Bastardillaによる巨大なミューラル

⑧Bastardillaによる巨大なミューラル


一方、社会的なメッセージ性より、壁画としての表現を追求するタイプのアーティストもいる。Stinkfishは、街で見かけた人物のスナップ写真を用いてその顔を巧みにステンシルしている人気ミューラリスト。個人としての活動のほかに、APCというゆるやかなクルーを結成して、協働製作している場合も多い。Rodez・Nomada・Malegriaの3人は親子で活動しているアーティストだ。イラストレーター、デザイナーとして長いキャリアをもつ父のRodezは、先にグラフィティを始めていた息子のNomadaに勧められてストリート・アートの世界に入ったという。“目”が印象的な彼らの作品はボゴタのストリートでも際立っている。グラフィティ・ツアーのガイドを務めるクリスチャンの作品も市内各所にあった。人物や動物のステンシルをコラージュした壁画のほか、ストリートのアクセサリーとしてさりげなく壁に貼り付けられた小さな陶製のマスクも彼の作品である。

このようにアーティストそれぞれ作風や方向性は異なっていても「ストリート・アートは都市生活への“intervention(介入)”であり、街をを生き生きとさせるもの」という意識は皆に共通し、お互いの作品をレスペクトしているという。

⑨Stinkfishのステンシル。「グラフィティは都市を再生させる手段だ」と彼は言う

⑨Stinkfishのステンシル。「グラフィティは都市を再生させる手段だ」と彼は言う

⑩Rodezは、息子のNomadaからグラフィティのテクニックを習ったという

⑩Rodezは、息子のNomadaからグラフィティのテクニックを習ったという

⑪Nomada   ⑫Malegria

⑪Nomada ⑫Malegria

⑬グラフィティ・ツアーの案内人Crispのミューラル。彼はオーストラリアからイギリスを経て3年前にボゴタに移住

⑬グラフィティ・ツアーの案内人Crispのミューラル。彼はオーストラリアからイギリスを経て3年前にボゴタに移住


⑭右がCrispの陶製マスク。壁からはがしてお土産に持って行く人がいるので、なるべく高いところに貼るのだとか

⑭右がCrispの陶製マスク。壁からはがしてお土産に持って行く人がいるので、なるべく高いところに貼るのだとか

このように紹介するとボゴタはストリート・アート天国のように思われるかもしれない。しかし、問題がないわけではない。2年前、グラフィティを書いていた16歳の少年が、警官によって不当に射殺された事件をきっかけに、グラフィティの規制と容認に関して論議が高まっている。市当局は、歩道、バス停、信号機、病院、学校、墓地など禁止する場所を指定するとともに、ボゴタの都市文化に寄与するグラフィティは推進すべきだとして、一定の区域に限って積極的に認める方針だという。そのパイロット・プログラムとして、この夏、市の芸術振興組織が5組のアーティストを選びダウンタウンの幹線道に大規模な壁画を制作するイベントを行った。こういった試みによって、アーティストは大作に取り組むチャンスを得、市はツーリズムにもつながる良質のミューラルを得ることができる。しかし、ストリート・アートがオフィシャルなものになってしまうと、「都市環境への招かれざる介入」というグラフィティが本来持っているパワーが失われてしまうという反論もある。

ボゴタのストリート・アートは、今後、コミッションによる“パブリック・アート”としてのミューラルとゲリラ的なメッセージとしてのグラフィティに、二極化していくかもしれない。

(文/写真:秋葉美知子)

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